社説

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 「表現の自由」の後退に歯止めをかける明快な判決だ。

 2019年7月の参院選で街頭演説中の安倍晋三首相(当時)に、やじを飛ばして北海道警に排除された男女2人が、道に損害賠償を求めた訴訟の判決で、札幌地裁は違法性と表現の自由の侵害を認め、計88万円の賠償を命じた。

 焦点は警官による排除が、犯罪予防のため危険行為を制止できるなどと定めた警察官職務執行法の要件を満たしていたかどうかだった。

 道警側は、原告がやじに反発する聴衆から危害を受けたり、周囲に危害を加えたりする恐れがあったとして排除は適法だったと主張した。

 だが、法廷に提出された動画では、原告が「増税反対」「安倍辞めろ」とやじを飛ばしてから警官に腕などをつかまれ移動させられるまで10秒程度しかなく、対応に当たった警官が証言したような、聴衆との小競り合いや、怒号が上がって騒然とする様子はうかがえなかった。

 判決は道警の言い分を退け、排除行為は法の範囲を超えた「暴力的なもの」と指弾した。確かな証拠に基づく厳正な判断と言える。

 原告の1人が現場でしばらく警官に付きまとわれたのも「必要かつ相当な手段を超えていた」と批判し、名誉権などの侵害を認めた。

 道警は真摯(しんし)に反省し、再発防止に努めるべきだ。全国の警察も今後の警備に生かしてもらいたい。

 特筆すべきは、判決が憲法が保障する表現の自由の意義に正面から向き合った点だろう。

 表現の自由は、民主主義を支える重要な権利である。判決は「公共的・政治的な問題では特に重要で尊重されなければならない」と強調し、原告らのやじを尊重されるべき表現行為と認めた。市民が街頭で抗議の声を上げる権利を保障し、警官によってその権利が侵害されたと断じた。特定の人種や民族への差別意識や憎悪をかきたてるヘイトスピーチとの違いにも言及した。

 思い起こされるのは、17年の東京都議選で、安倍氏が自身に批判的なやじを飛ばした聴衆を指さし「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と叫んだ光景だ。批判を徹底的に排除する政権の姿勢が、道警の強引な行為を誘発したのではないか。

 判決は「やじが安倍氏の街頭演説の場にそぐわないと判断して制限しようとした」と推認した。市民の権利の擁護より、政権への忖度(そんたく)が働いたとすれば見過ごせない。

 民主主義の実現には、多様な意見を自由に表明し、議論し、合意を形成する過程が欠かせない。政権批判や政治的発言を制約する風潮を問い直す機会としたい。

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