社説

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 ロシアによるウクライナ侵攻で、世界の秩序は大きく揺らいだ。国際社会は国際法無視の暴挙を止められず、日々失われる命を救えずにいる。日本では、米国との「核共有」政策や、憲法9条に基づく「専守防衛」の理念を逸脱しかねない攻撃能力の保有など、危機と人々の不安につけ込むような議論が浮上している。

 日本国憲法はきょうで施行から75年を迎えた。憲法が掲げる「平和主義」は何を目指し、今どんな意味を持つのか。改めて考えたい。

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 「我(わ)が国が全世界中最も徹底的な平和運動の先頭に立って指導的地位を占むることを示すものであります(略)武力制裁を合理化、合法化せむとするが如(ごと)きは、過去に於(お)ける幾多の失敗を繰返す所以であり、もはや我が国の学ぶべきことではありませぬ(略)文明が速やかに戦争を全滅しなければ、戦争が先ず文明を全滅することになるでありましょう」

 1946年8月、新憲法制定を議論する帝国議会で国務大臣幣原喜重郎は、戦争放棄の条文を起草するに至った信念を語った。

 惨禍の記憶が生々しい占領下で、生活を脅かす戦争への拒否感は強かった。同年4月に発表された政府の改正草案に対する世論調査で、9条の戦争放棄条項を「必要」と答えた人が7割を占めたという。

世界を先導する理想

 しかし今、日本が世界平和を先導するという理想には程遠く、幣原の警告が現実味を帯びつつある。

 戦後の「平和」の語られ方を検証した神戸市外国語大の山本昭宏准教授(歴史社会学)によると、軍国主義の回避に主眼が置かれた「平和」は、高度経済成長下で保守化した。70~80年代以降は「戦争に巻き込まれることなく繁栄をもたらした9条と自衛隊、日米安全保障条約が併存する現状を肯定する平和意識が定着した」と分析する。

 東西冷戦が終結し、湾岸戦争などで日本の国際貢献が問われると、9条は「一国平和主義」と批判を浴び、改憲論が勢いづく。

 2015年、「積極的平和主義」を掲げる安倍晋三首相は、9条に違反するとの政府見解が踏襲されてきた集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更に踏み切った。他国の戦争に自衛隊が出動できるようにした安保関連法を、安倍政権は「平和安全法制」と言い換えた。

 戦後日本の平和主義は、その曖昧さゆえに乱用され、本来の輝きを失ったのだろうか。山本氏は「国家や専門家が語る安全保障の言葉でなく、一人一人が自分の生活の中にある感覚で平和や憲法を語ることが大切だ」と訴える。

防衛力の正当性問う

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、日本の国会でのオンライン演説で、欧米諸国と同様の武器提供などは求めず、国連改革や戦後復興への支援を要請した。9条の歯止めがある日本政府の立場を理解し、練り上げられた内容に共感が広がった。

 ところが日本の政治家からは、9条の理念を無視した言動が相次ぐ。

 安倍元首相ら自民党保守派が、ロシアの「核の威嚇」を受けて米との核共有論を議論すべきと声を上げた。続いて自民党安保調査会が、相手領域内でミサイル発射を阻止する敵基地攻撃能力を「反撃能力」に改称し、保有を求める提言を岸田文雄首相に提出した。

 ミサイル基地だけでなく「指揮統制機能等」を攻撃目標に加え、国内総生産の1%程度を維持してきた防衛費の倍増や、武器輸出の制限緩和なども盛り込んだ。なし崩し的に日本の攻撃力が拡大すると見なされれば軍拡を助長しかねない。

 専守防衛は、武力攻撃を受けたときに初めて自衛権を行使し、必要最小限にとどめる「憲法の精神に則(のっと)った受動的な防衛戦略の姿勢」(防衛白書)とされる。だが、岸田首相はあらゆる選択肢を排除しないという。政策の大転換を目指すなら、正面から国民に説明すべきだ。

 和田進神戸大名誉教授(憲法学)は「自衛隊や軍事力などの在り方は、9条によって常に正当性を疑われ批判・点検される構図にある」とし、「国際的な世論と行動で、軍事対立に歯止めをかけなければならない今こそ、9条の存在意義がある」と指摘する。

 夏の参院選は、憲法改正の是非が主な争点に浮上しつつある。何を変え、何を守るかは、護憲か改憲かにとどまらず、自分はどんな社会に生きたいかを考えることだ。一人一人が実感できる言葉を探し、「平和」を語り直す作業を始めたい。

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