海外に住む日本人が最高裁裁判官の国民審査に投票できない現行法は憲法違反、とする判決を最高裁大法廷が言い渡した。
審査権は選挙権と同様、憲法に明記された国民の権利であり、制限は原則として許されない。判決はそう明言し、技術的に難しいとする国側の主張を退けた。これまで立法措置をとらなかった国会の不作為も認め、原告への損害賠償を命じた。
政府や国会は、できない言い訳を連ねるばかりで法の不備を改善しようとせず、在外邦人の権利を制限し続けてきた。その怠慢が厳しく指弾されたのは当然である。
自らの罷免にもつながる権利の保障を15人の裁判官が全員一致で求めた最高裁の結論は重い。判決に従い、次回の審査までに在外投票が可能な制度を整えねばならない。
国民審査は、違憲立法審査権を持ち「憲法の番人」と位置付けられる最高裁の裁判官がその職責にふさわしいかを有権者が直接チェックし、やめさせることができる制度だ。だが国民審査法には在外邦人に関する規定がないため、2017年衆院選と併せて行われた審査で投票できなかった人たちが裁判を起こした。
一方、国政選挙の在外投票を巡っては、比例代表しか投票できないのは違憲とした05年の最高裁判決を受けて公選法が改正され、07年から選挙区の投票も可能になっている。
にもかかわらず、国民審査が置き去りにされてきた背景に、「議会制民主主義の下で不可欠な制度ではない」とする政府の誤った認識があったのは間違いない。
国側は「投票用紙の発送・回収に時間がかかる」などの問題点を挙げた。これについても判決は、国政選挙では在外投票が何度も実施されており、技術的な困難は「在外有権者の権利を制限するやむを得ない事情とは到底言えない」と一蹴した。
昨年10月時点の在外邦人は約134万人で、うち約100万人が18歳以上とされる。国側は多くの有権者の権利を正当な理由もなくないがしろにした責任を自覚するべきだ。「記名式」への切り替えや、インターネット投票の実現など投票方式の思い切った見直しが求められる。
ただ、1949年の第1回以降、国民審査で罷免された裁判官はいない。形骸化も指摘されるが、前回の審査では、夫婦別姓を認めない民法の規定を合憲とした裁判官の罷免を求める市民運動が展開され、世論の関心が高まった。
最高裁の判断は国民の暮らしや価値観に影響する。その暴走を防ぎ、時代に合った国民の意識を反映する仕組みとして、国民審査の意義を再認識する機会としたい。








