妊婦が医療機関の担当者だけに身元を明かして出産する「内密出産」について、厚生労働、法務両省がガイドライン(指針)を初めて作成した。望まない妊娠などで悩む女性の「孤立出産」を防ぎ、母子を守る手順を示した点は評価できる。ただ、母親の情報管理などをあまりにも医療機関任せにした内容だ。制度化に向け、継続した議論が求められる。
内密出産は2019年、熊本市の慈恵病院がドイツの制度を参考に始め、これまで7人が利用した。現在実施しているのは同病院のみだ。
指針は、医療機関が母親の名前などの情報を確認・管理する担当者を定め、情報を永年保存するのが望ましいとしている。子どもが出自を知る権利に配慮し、開示時期などに関する母親との同意内容も記録する。
また子どもを要保護児童として児童相談所に通告し、児相から情報提供を受けた市区町村が母親を空欄とした戸籍を首長の権限で作成する。
気がかりなのは、身元を明かすように何度も母親を説得する役割を医療機関に求め、行政関係者の同席が望ましいとしている点だ。不安を抱えて助けを求める妊婦に、重圧をかけることになりかねない。
医療機関側は相談態勢を準備する負担が増え、健康管理が難しいため高リスク出産も多くなる。個人情報を厳重に管理しなければならず、児相や自治体との調整も煩雑だ。医療機関の「善意」に頼るのは限界があり、国が支援する必要がある。
加藤勝信厚労相は会見で、法整備を見送った理由について「制度をつくることが内密出産を促すことになるのではないかという議論もある」と述べた。身元を明かした出産が望ましいのは当然だが、まずは母子の命を守ることが優先される。
長距離移動のリスクを避けるためには、内密出産できる医療機関の地域バランスも重要だ。妊婦の説得には、専門的、客観的に判断できる第三者が支援の視点で間に入り、心情をくむことが欠かせない。早期の相談と健康管理、環境整備につなげる仕組みをつくってもらいたい。将来、子どもが出自について知ったときの精神的なサポートも用意したい。
内密出産の原点は、慈恵病院が07年に設けた「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)だ。親が育てられない子を匿名で受け入れてきたが、孤立出産で命の危険にさらされる妊婦もいた。神戸市北区のマナ助産院にも18年に24時間対応の相談窓口「小さないのちのドア」ができ、望まない妊娠で悩む女性を支える。
少子化を憂うなら、政府は全ての子どもを守る決意を示し、内密出産の制度化を実現するため法整備を前向きに検討すべきだ。
