戦後日本の安全保障政策の根本的転換である。
政府はきのう、他国領域のミサイル基地などを破壊する敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を明記した「国家安全保障戦略」など安保関連3文書を閣議決定した。防衛費は2027年度に国内総生産(GDP)の2%を目指すとし、23年度から5年間の総額を43兆円に増やす。財源の一部は増税で賄う方針も決めた。
安倍政権による集団的自衛権行使容認に続き、憲法9条に基づき堅持してきた専守防衛の形骸化が名実ともに加速する懸念が増す。それに比して、リスクや歯止めを巡る議論が深まったとは言い難い。
過去の戦争への反省を忘れ、国民を置き去りにしたまま、「軍事大国」への封印を解こうとする拙速な政策転換は、断じて容認できない。
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専守防衛は、武力攻撃を受けて初めて防衛力を行使し、保持する防衛力も自衛のための必要最小限に限る受動的な防衛戦略を指す。戦後日本の国是である。それを逸脱しかねない敵基地攻撃能力を巡り、歴代政権は自衛の範囲で保有は可能との見解を示す一方、政策判断として持たないとしてきた。
だが、自民、公明両党は、ロシアによるウクライナ侵攻や、台湾を巡る米中関係の緊張、北朝鮮のミサイル開発などによる安保環境の悪化で、ミサイル攻撃が現実的な脅威になったとして保有に合意した。
反撃能力として、国産の長射程ミサイルの開発や米国製巡航ミサイル「トマホーク」の取得など、明らかに他国領域への攻撃能力を有する装備品の整備が盛り込まれた。
一方で、相手の攻撃着手の認定や攻撃対象の範囲は「個別具体的に判断する」と明示を避けた。政権による恣意(しい)的運用の余地を残すだけでなく、ミサイル発射の探知が難しくなっている現状では、発動のタイミングを一歩誤れば国際法が禁じる先制攻撃とみなされる恐れがある。
自衛隊は攻撃や侵攻を食い止める「盾」に徹し、米軍に「矛」の打撃力を委ねてきた日米の役割分担も大きく変わる。日本が矛を備えれば、周辺国には脅威と映りかねない。抑止力向上の目的と裏腹に軍拡競争が加速し、緊張が高まる危険性も指摘される。
首相は「専守防衛の理念は不変」と強調するが、その歯止めはどこにあるのか。曖昧にせず、国内外に説明を尽くす姿勢が不可欠だ。
ご都合主義のひずみ
決定過程にも重大な問題がある。
首相は防衛力の強化について「内容、予算、財源を一体で議論する」と公言してきた。だが、まず打ちだしたのは5年間で43兆円という現行の1・5倍に当たる予算規模である。歳出改革や剰余金などでかき集めても不足する財源を、27年度以降、1兆円強の増税で賄うと表明したのは今月8日のことだ。それからわずか1週間での政治決着は、あまりに性急と言うほかない。
ひずみは同時に決着した与党の税制改正大綱にも表れた。防衛費増額の財源を法人、所得、たばこの3税で確保する内容だ。防衛力強化を借金である国債発行に頼らず、安定財源で実現する意思を示した形だ。
ただ、東日本大震災の復興特別所得税の税率を下げ、その分を新たに目的税化して防衛費に回す。復興のための税金が、唐突に防衛に転用されることに、被災地をはじめ国民の理解が得られるだろうか。
法人税は大企業の内部留保などを当てにするが、賃上げの抑制などに波及すれば影響は個人に及ぶ。帳尻合わせを国民に押しつけるご都合主義と批判されても仕方がない。
戦争の火種は消えず
あきれるのは、防衛費の大幅増を声高に主張する閣僚や与党内から増税反対論が公然と噴出したことだ。国債発行で賄うよう求めて反発し、税制大綱は増税時期の判断を来年に先送りした。来春の統一地方選を意識しての振る舞いだろうが、財政規律を無視し、次世代にツケを回す無責任な態度と言わざるを得ない。
そもそも巨費を投じ、何をどう強化するのか、肝心の中身は生煮えのままだ。増税を訴える以上、首相は政権の命運を懸ける覚悟で国民に説明する真摯(しんし)な姿勢が求められる。
反撃能力が抑止力となり、国民を守れるという論理は本当に正しいのか。現実に即して精査しなければならない。予算規模ありきでは国民の不安と戦争の火種は消えない。
取り巻く環境が厳しいほど、互いの考えを知る必要がある。戦争を防ぐ外交戦略の議論を深めるべきだ。
