社説

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 「石炭回帰」の動きが世界各地で起きている。石炭を燃やすと、温室効果の高い二酸化炭素(CO2)が大量に排出される。地球温暖化への危機感から、近年欧州などでは「脱石炭」の流れが強まっていた。ところが昨年2月にロシアのウクライナ侵攻が始まり、事態は一変した。

 ロシアからの天然ガスや石油の輸出が滞り、ドイツ、オーストリアなどは停止していた石炭火力発電所の再稼働を決めた。国際エネルギー機関(IEA)は、昨年の世界の石炭消費量が過去最高を更新したとの試算を示す。温暖化対策は予期せぬ壁に阻まれた。しかし気候変動が刻々と進む現実に変わりはない。

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 国連環境計画(UNEP)は昨年秋、各国が温暖化対策を強化しなければ、今世紀末までの気温上昇が2・8度になると報告した。産業革命前からの気温上昇をできれば1・5度に抑えるとした国際枠組み「パリ協定」の目標を大幅に上回る。

 気温上昇が2度未満でも、氷床の融解やサンゴの死滅といった環境への影響が「限界点」を超え、回復不能な状態に陥るとの予測がある。気候危機が極めて深刻である事実を改めて銘記しておきたい。

 地球温暖化をもたらす温室効果ガスは、世界各地で排出されている。原因となる施設は私たちの足元にもある。その一つ、神戸市灘区の石炭火力の差し止めを求めた訴訟の判決が、3月20日に言い渡される。

原告に加わった親子

 訴訟は2018年、神戸製鋼所が進める石炭火力増設計画を巡り、周辺住民らが同社や関西電力など3社に建設や稼働の差し止めを求め、神戸地裁に提訴した。当時2歳の幼児とその親などが、将来に危機感を抱いて家族で裁判に加わった。異例の「次世代訴訟」である。

 ぜんそくを患った当時小学生の娘と原告になった女性は、住宅地の近くに石炭火力があることに疑問を持った。「環境を少しでも良くして、せめて現状を維持して、次の世代にバトンタッチしたい」と話す。大気汚染を懸念するとともに、温暖化への不安も日々感じる。「11月に20度を超えるような日が何日もある。子どもたちが大人になったとき、耐えられるような暑さでしょうか」

 今、主に電気を使っている世代と気候変動などで被害を受ける世代は異なる。そこに「世代間の不平等」があると、弁護団は問題提起する。

 これに対し、神戸製鋼側は「地球温暖化は個人の被害問題ではない」などとして請求権を否定する。

CO2大量排出は公害

 「国の政策を変えたい。企業の行動を変えたい。国民の意識も変えたい」と、池田直樹弁護団長は訴訟の目的について述べる。

 政府は30年度の電源のうち石炭火力を19%と想定し、依存を続ける方針だ。「慢性疾患」のような温暖化に対し、長期的対策に欠けると池田団長は指摘する。「疾患の根本治療に取り組まないのは、30年後、50年後の国や世界がどうあるべきかを考えていないから」と手厳しい。

 原告側の主張で注目されるのが、CO2の大量排出は21世紀の公害であり、人権侵害であるという点だ。

 海面の上昇で国土が浸食されている小島しょ国などと比べれば、日本では気候変動による被害がまだ見えにくい。だがCO2の大量排出は過去の公害と同様、多くの被害者が出た後に対策をしても遅きに失する。

 昨年秋にエジプトで開かれた国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)で、ドイツのショルツ首相は「石炭火力の段階的廃止を堅持する」と述べ、「石炭回帰」は一時的なものと位置付けた。石炭火力の廃止方針を示さず、批判を浴びてきた日本は、今の回帰の動きを免罪符にすることはできない。

 3月の神戸地裁判決は世界の目に触れると弁護団は言う。次世代の人権を脅かす気候危機を逃れるには、どのような社会の在り方が望ましいのか。司法の判断に委ねるだけでなく、国や企業、そして私たち一人一人が考えるべきときに来ている。

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