社説

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 「対立と分断」の影が、依然として世界を覆っている。昨年はロシアがウクライナに侵攻し、国際社会を震撼(しんかん)させた。戦乱に終止符を打てないまま、新年を迎えた。

 北朝鮮のミサイルや台湾海峡の緊張など、私たちの周囲からも平和が遠のいているように思える。募るのは先の見えない不安である。

 ただ、価格高騰などの影響を通して、世界がかつてなく緊密につながっていることも知らされた。国を超えた協調なしに生きられない。それが「宇宙船地球号」の姿だろう。

 昨年11月、神戸で模擬国連世界大会が開催され、世界各国の大学生が「平和」をテーマに議論した。参加した神戸市外国語大学の学生の目を通して、平和について考えたい。

    ◇

 誰もが思ったに違いない。平和とは実に壊れやすいものだと。

 ロシアがウクライナに侵攻したのは昨年2月。現実に武力が行使されると、衝撃が世界中に広がった。

 ロシアは国連安全保障理事会の常任理事国だ。拒否権を持ち、平和と安定に責任を負う。その国が軍事侵攻したことで国連の存在意義が揺らぎ、国際社会に亀裂が走った。

少数派の体験と目線

 もともと国連では、大国の暴走を抑えるため小国も同等の発言権を持つ。140以上の核兵器非保有国が主導した核兵器禁止条約の採択は、そうした理念の表れと言える。

 ヒキタ・キーシャ・ロレーヌ・サントーヨさん(22)は以前から国連の在り方に関心を寄せてきた。神戸市外大が7年前に模擬国連世界大会を誘致したのを知って入学し、海外で開かれる同様の大会に参加しながら、国際関係学科で学ぶ。

 母親がフィリピン人で父親が日本人。小学校から日本で暮らすが、「自分はマイノリティー(少数派)」と意識させられる場面が多かった。自分の場所、担える役割は何だろうといつも考えていたと話す。

 模擬国連では参加者が自国と別の国の代表となり、その国の立場で意見を交わす。学びの場であっても進行は国連とほぼ同じ。今回は11カ国の大学から300人超が出席した。

 昨年、神戸で2回目の世界大会開催が決まり、4年生のヒキタさんは事務総長役を引き受けた。「平和」は緊急を要するテーマだが、立場や利害は国ごとに異なる。議論が平行線に終わっては意味がない。そこで開会式でこう呼びかけた。

 「この会議で私たちが見つけましょう。平和とは何なのかを」

同じゴールに向かう

 ウクライナの大学生は侵攻の非道と母国の窮状を訴えた。侵攻は許せない。どうすればそれを多くの国が賛同する言葉にできるか。意見をすり合わせ、委員会の一つが「ロシア軍の即時撤退を要請」などの表現で決議文に盛り込むことにした。

 カザフスタン代表を務めた国際関係学科3年の岡本季武さん(21)は飛び交う英語に圧倒されながらも、積極的に発言を心がけたと話す。「違う意見にも誰もがちゃんと耳を傾けた。話し合うことで多くの国の人と個人的な関係も築けた」

 力強いアピール、冷静に出番を待つ姿勢、全員の声を聞こうと呼びかける提案…。実際の国際社会でもさまざまな主張が飛び交うはずだ。

 模擬国連を終えて、事務総長のヒキタさんは振り返る。「どんなに違っても、それぞれが議論で何かの役割を果たせる。正義やモラルの押し付け合いでなく、同じゴールを目指して話し合う。協調という言葉の意味が分かった気がする」

 戦争が始まれば国同士の対立が前面に出る。だが戦争はいつか終わる。和解と再生の原動力は人々を一つにする協調の精神であり、それを紡ぐのは言葉だ。学生たちが共有した思いこそが未来への力となる。

 「平和は私たちの心の中にある」。閉会式であいさつしたヒキタさんは、模擬国連で得た実感をその言葉で締めくくった。今は無力に思えても、前を見詰め、語り合う。あきらめず同じ道を歩もうとする一人一人の心に、平和は託されている。

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