安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件で、奈良地検は殺人と銃刀法違反の罪で山上徹也容疑者を起訴した。約半年間の鑑定留置で事件当時の精神状態を調べた結果、刑事責任能力を問えると判断した。
参院選の街頭演説中に有力政治家が凶弾に倒れた事件が社会に与えた衝撃は計り知れない。いかなる理由があれ、許されない蛮行である。裁判員裁判で審理される見通しだが、殺害に至る動機や背景など事件の全容を徹底解明してもらいたい。
起訴状などによると、山上被告は昨年7月8日午前、奈良市の近鉄大和西大寺駅前で、手製のパイプ銃を使って2度にわたり発砲し、安倍氏の左上腕などに命中させ、失血によって殺害したなどとしている。
事件は政治と宗教の関係など、さまざまな問題を浮き彫りにした。山上被告は、母親が入信した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に約1億円を寄付し、家庭が崩壊したことを恨んでいたとされる。「(韓国から教団を)招き入れたのが岸信介元首相。だから(孫の)安倍氏を殺した」と供述したという。
安倍氏は、教団の友好団体が開いた会合にビデオメッセージを送るなど関係が深いとされる。ただ、山上被告は当初、教団トップの襲撃を計画したが断念したという。恨みの矛先が安倍氏に向かった理由や経緯などの詳細について、公判では冷静かつ丁寧な審理が求められる。
懸念されるのは、山上被告の行為を英雄視するかのような動きだ。旧統一教会を巡る問題をあぶり出したことなどを理由に、鑑定留置期間中には多額の現金などが送られ、インターネット上では寛大な処分を求める署名運動も始まったという。
宗教2世の悲惨な境遇には同情論もある。しかし、問答無用の凶行を正当化する風潮は法治国家の根幹を揺るがしかねず、教団の悪質性とは切り分けて考えるべきだ。
旧統一教会による霊感商法や高額献金に伴う生活困窮、信者の子らの深刻な状況は以前から指摘されていたが、長年放置されてきた。
問題の解決へ、文化庁は教団の解散命令請求を視野に宗教法人法に基づく質問権行使を進める。昨年12月には、不当な寄付勧誘を規制する被害者救済法が成立した。今後も実効性を注視していく必要がある。
一方、今回の事件で、自民党を中心に教団と政治の密接な関係が次々と明るみに出た。岸田文雄首相は教団との関係断絶を宣言したが、安倍氏の教団との関わりなどについて、本格的な調査を拒んだままだ。
裁判だけでは限界がある。国会が主体となって徹底的に解明しなければ、国民の政治不信は拭えない。
