東京電力福島第1原発事故後、原発の運転期間を「原則40年、最長60年」とした規定を外し、60年超運転を可能にする「GX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法」が、国会で成立した。「原発への依存度を低減する」としてきた政府方針を、電力の安定供給確保と脱炭素社会の実現を理由に、大きく変えるものだ。福島の事故の教訓を忘れたかのようなエネルギー政策の転換であり、到底容認できない。
原発推進の方針は昨年8月、岸田文雄首相が表明した。それを受け、経済産業省が60年超運転に加え、次世代型原発の開発や再稼働促進などの活用策を打ち出した。今回成立したのは、電気事業法と原子炉等規制法、原子力基本法など5本の改正法を一本化した束ね法案だ。運転延長は経産相が認可する。
法案は自民、公明、日本維新の会、国民民主の各党などの賛成多数で可決された。立憲民主、共産、れいわ新選組、社民の各党は反対した。首相表明から1年に満たず、国会での議論も深まっていない。拙速で強引な原発回帰と言わざるを得ない。
今年、日本世論調査会が実施した全国世論調査では、60年超運転を「支持しない」と答えた人が7割、原発の建て替えなど開発・建設推進に反対とする人が6割だった。原発への国民の不安は払拭されてはいない。政府は引き続き丁寧な説明を尽くす必要がある。
運転延長で懸念されるのは、老朽原発のリスクだ。原子力規制委員会は新たな「追加点検」を10年ごとに実施するとしている。現行制度で40年を超える際の検査と同じ項目で、原子炉圧力容器などの劣化や異常を超音波などで調べるという。
だが60年超運転は世界でも例がない。運転期間延長は、再稼働審査などで停止した期間などを上乗せする仕組みだが、規制委の議論でも「審査に時間をかけるほど、老朽化した原発を動かすことになる」と矛盾を指摘する声が出た。データや経験が足りない中で、本当に安全性が確保できるのか疑念が残る。
規制委の姿勢も問われる。福島の事故後、原発の規制と推進の両方を経産省が担ってきた反省に立ち、独立機関として規制委が発足した。にもかかわらず、原発推進の政府方針を規制委は追認するのみだった。独立性や透明性が保てなければ、稼働への国民の信頼は得られまい。
ドイツは福島の事故を重く受け止め、政府の方針で今年4月に脱原発を実現した。風力や太陽光発電の活用を加速するという。事故の当事国である日本こそ、脱原発と脱炭素の両立に向け、再生可能エネルギーの拡大に力を注ぐべきだ。
