俳誌「諷詠」の名誉主宰で、「神戸新聞文芸」欄で長年選者を務めた俳人の後藤比奈夫(ごとう・ひなお、本名日奈夫=ひなお)さんが5日午後11時47分、老衰のため神戸市の病院で死去した。103歳。大阪市出身。自宅は神戸市灘区。通夜、葬儀は親族で執り行う。喪主は長男の妻久子(ひさこ)さん、長女岡田方子(まさこ)さん。後日、お別れの会を開く予定。
高浜虚子門下の重鎮だった後藤夜半の長男として1917年に生まれ、大阪帝国大(現大阪大)理学部を卒業。戦後、父に学んで「ホトトギス」などに投句し、76年に諷詠主宰を継いだ。句作の一方、55年に電子工業会社を起こし、社長を務めた。
〈虹の足とは不確に美しき〉〈東山回して鉾を回しけり〉など科学者らしい透徹した視点の写生句で知られた。俳人協会副会長、日本伝統俳句協会顧問、兵庫県俳句協会常任理事などを歴任し、77年から99年まで神戸新聞文芸選者を務めた。
89年に兵庫県文化賞、91年に神戸市文化賞を受賞。句集「初心」「東遊園地」「花びら柚子」など著書多数。2006年、亡き妻への思いをつづった「めんない千鳥」で蛇笏賞。100歳を目前にした17年には、句集「白寿」で詩歌文学館賞を最高齢で受けるなど、最晩年まで現役を貫いた。











