総合 総合 sougou

  • 印刷
中村哲さん
拡大
中村哲さん
中村哲さんとの思い出を話す西垣敬子さん=宝塚市内
拡大
中村哲さんとの思い出を話す西垣敬子さん=宝塚市内

 「先生の死を悼んでいる」-。兵庫県宝塚市の非政府組織(NGO)「宝塚・アフガニスタン友好協会」代表の西垣敬子さん(84)=宝塚市=に現地からメールが届いた。アフガニスタン東部で福岡市のNGO「ペシャワール会」現地代表の医師中村哲(てつ)さん(73)が殺害された事件。中村さんと同じ地域で1990年代から支援活動を続けた西垣さんは在りし日の中村さんを思い「あってはならないことが起きた」と心を痛めている。(小谷千穂)

 西垣さんは94年からアフガニスタンで活動。パキスタンとの国境に近いジャララバードを拠点に、教育を禁止された女性たちが通う「隠れ学校」を支援し、大学で女子寮や女子トイレを建設。難民キャンプの乳児や孤児院に物資も届けた。戦闘や治安の悪化によって2017年に現地での活動を終えるまで、23年間で40回以上渡航した。

 医療支援をしていた中村さんとも出会った。中村さんが働く病院に出向き、現地で食事もした。ともに忙しく、車ですれ違ったり、飛行機の中で会ったり。「同じジャララバードに中村さんがいるというだけで心丈夫だった」と語る。

 小柄で、いつも真面目な表情で、近寄りがたい-。中村さんはそんな印象だった。かんがい事業などにまい進し、「いつも難しい仕事に取り組んでいたからだろう」と受け止めていた。西垣さんは一度、中村さんが信頼するペシャワール会の若い日本人スタッフを話題にし、「井戸掘りの話ばかりで彼女に振られたらしい」と伝えた。この時ばかりは「ふふふふ」と笑った中村さんの姿が忘れられないという。

 西垣さんがジャララバードを離れた後も、中村さんは用水路の整備を続けた。荒地は緑が豊かになり、住民は食べ物が手に入るようになった。用水路の造成は雇用も生んだ。西垣さんは「確たる意志でアフガンのためにやろうとしていた。農民は本当に喜んでいた。こんなすごい人はいない」と功績をたたえる。

 中村さんが殺害され、アフガニスタンの友人から「ジャララバード中が、みんな先生の死を悼んでいる」とメールが来た。母親やお年寄りを大事にし、揺るぎない信仰心を持つアフガニスタンの人たちに心を奪われ、活動を続けた西垣さん。「悔しいのと悲しいのと。あまりに理不尽で許せない。でも現地の人(が犯人)じゃないと信じている。中村さんはそれぐらい頼りきられていた」と声を震わせた。

総合の最新
もっと見る

天気(1月24日)

  • 15℃
  • 10℃
  • 20%

  • 13℃
  • 8℃
  • 50%

  • 15℃
  • 8℃
  • 10%

  • 13℃
  • 8℃
  • 20%

お知らせ