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コミュニケーション・ディレクター佐藤尚之さん=東京都渋谷区(撮影・今福寛子)
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コミュニケーション・ディレクター佐藤尚之さん=東京都渋谷区(撮影・今福寛子)

 ついつい手に取ってしまう飲料、あれこれ悩んだ末に結局選んでしまう同じ家電メーカー…。ほかに多くの類似品があるのに、心が引かれるのはどういうことか。コミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さん(58)は、そういう消費者の気持ちをくみ取り、「目に見えない価値」を創造するプロだ。モノが売れない時代こそ、商品を愛してくれるファンを重視すべき、という佐藤さん。ファンを土台にして、長い目で企業の価値を高めていく「ファンベース」という考え方を提言する。根っこには、草創期から関わるネットでの発信、そして阪神・淡路大震災の体験も強く影響していた。(山崎史記子)

 ー「ファンベース」という考え方、そもそもどんなきっかけで生まれたのでしょうか。

 「50歳までの25年間、電通に勤めてコピーライター、CMプランナーなどでテレビや新聞、ネットでマス(大衆)向けの広告に携わってきました。振り返ると、ネットの普及に伴って情報量は爆発的に増え、物事が伝わりにくい世の中になった。『情報“砂の一粒”時代』です。2005年を境に世の中にあふれる情報量は大きく変わり、5年後の10年には世界中の砂浜の砂と同じ数の情報『1ゼタバイト』が流れたといいます。それが来年には45倍の45ゼタバイトになると言われている。異常な量の情報が流れる中で、一つ何かを発信したところで伝わらない。広告キャンペーンが成功したとしても、一過性で終わってしまう」

 「さらに厳しいのが人口減少で、毎年、100万人の都市が消えていくペースです。マーケットが縮むのに、新規のお客さんなど獲得できない-。ネガティブに考えればそうですが、伝えてもらいたがっている人もいる。例えばアップルの製品が好きな人は、新しいiPhone(アイフォーン)情報を待ち構えている。そういう層にフォーカスした方がいいよね、ということです」

 ー確かに気になる商品やブランドの情報は頭に残りやすいです。

 「2割のファンが売り上げの8割を支えるという『パレートの法則』というのがあります。その2割を大事にする。伝えてもらいたい人は、こちらが発信した情報を取りに来てくれる。ファンを大事にすると、その人たちの満足度が上がります。満足度が上がれば、周りの人に商品の良さを伝えてくれる。結果的に、企業の成長につながります。まずはファンの声に耳を傾け、なぜその商品を支持してくれるのか、しっかり分析することからです。共感してもらい、愛着を持ってもらい、信頼を強くすることが大切です」

 ー顧客の声を成長に生かす。とても時間がかかり、答えも簡単ではなさそうです。

 「企業に成功体験があると、二の足を踏んでしまうでしょう。特に今の50代以上は成長の時代を生きてきましたし。自治体でも同じです。例えば『住みたい人気の街』があるとする。その街は、外国人観光客で収入を増やすインバウンドに力を入れている。だけど、本当にそれだけでいいのか。かつて住んでいた阪神間は、黙っていてもファンが多い地域。今住んでいる人を大切にしないともったいないと思います」

 ー佐藤さんは、阪神・淡路大震災を経験されていますね。震災は生き方にどう影響を与えましたか。

 「1985年から15年間、大阪勤務で西宮に住んでいました。震災当時は、夙川でした。幸い住んでいたマンションは無事でしたが、妻は臨月でした。詳しい被災体験は今もブログに残しています。あのときに感じた情報への飢餓感は忘れられない。インターネットもほとんど普及していない頃でしたが、たまたま神戸の状況をつづったサイトに行き着いた。その人は、今どういう状況で何が不足しているか発信していた」

 「8月になって少し落ち着いたので、私も個人サイトを立ち上げました。レストランレビューや書評、音楽評などを書くうち、見に来てくれる人が増えました。仕事では新聞やテレビの向こうにいる『顔の見えない人』に発信していたのが、ネットでは反応が見える。一人一人に伝わっているという体験の原点です」

 ー東日本大震災では情報発信をするボランティア団体、一般社団法人「助けあいジャパン」をいち早くつくりました。

 「3月末で会社を辞める直前でした。50歳になり、大きな組織でマネジメントするより一個人に戻って違う景色が見たい、マスを動かすことより信じるコミュニケーションをしたい-と考えて。そこへ、あの大災害です。阪神・淡路の経験からすぐに情報はライフラインだと感じました。政府関係者と知り合いだったので、官房副長官に官民連携の情報発信サイトを提案しました。すぐにプレゼンテーションを求められ、発生から2日後にはサイト作りを始めた。今でこそ災害時にはさまざまな支援サイトが立ち上がりますが、当時としては最大の規模でした」

 ー会社のほかにも「場づくり」をされています。

 「僕が講師を務めた広告ラボの卒業生を中心にしたコミュニティーがあります。20~60代が参加し、それぞれが好きな活動、例えば読書会やスナックなんかを自由に企画しています。家族、友人、仕事、に次ぐ第4の場所で『4th(フォース)』。会社という組織が流動化し、人は簡単に孤立してしまう時代。社会的包摂というか、こういう場が必要だと思っています」

 ーこれからどんなことを仕掛けていくのでしょう。

 「防災では、トイレネットワーク。アメリカのトイレトレーラーを全国の市町村に配備し、必要なときに融通し合う。トイレは命を守る大事なツールです。災害時だけでなく、イベントなどでも活用できます」

 「私は未来予測はしない方がいいと思っています。実際、5年前にはこれだけ情報があふれる社会は想像できなかった。日本は東京五輪・パラリンピックが終わる来年の9月6日以降、全ての課題に向き合わないといけなくなると思う。この五輪はメディアや企業にとって旧体制の終わり、断末魔ではないでしょうか。その後、日本がどう縮んでいくか。経済的な豊かさではなく心の豊かさを求めたい。ファンを増やすとは好きを増やすことです。好きなものに囲まれて生きる方がずっと幸せだと、思いませんか」

【さとう・なおゆき】1961年生まれ、東京都出身。早稲田大卒業後、85年に電通入社。2011年に独立し株式会社ツナグを設立。復興庁復興推進参与。「ファンベース」「明日のプランニング」など著書多数。「さとなお」名での執筆も。

【ひとこと】エンタメが多いのも、伝わりにくさの一因という。動画投稿サイトユーチューブには、世界中から1分間に300時間分がアップされているとか。全部見るには12日半かかる計算…。情報の砂嵐で前が見えない。

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