総合 総合 sougou

  • 印刷
「卓球の素晴らしさを伝えたい」。2020東京パラリンピックを前に、小学生と卓球を楽しむ別所キミヱ=神戸市西区(撮影・秋山亮太)
拡大
「卓球の素晴らしさを伝えたい」。2020東京パラリンピックを前に、小学生と卓球を楽しむ別所キミヱ=神戸市西区(撮影・秋山亮太)
1964年の東京パラリンピックで車いすバスケットボールの試合に臨む選手
拡大
1964年の東京パラリンピックで車いすバスケットボールの試合に臨む選手
健常者と障害者が共に学び、育つ環境の必要性を訴える玉木幸則さん=西宮市内
拡大
健常者と障害者が共に学び、育つ環境の必要性を訴える玉木幸則さん=西宮市内

 昨年12月中旬、神戸市西区の玉津南公民館に、卓球女子(車いす)で2020年東京パラリンピック出場を目指す別所キミヱ(72)=兵庫県明石市=の姿があった。自身の歩みを講演した後、来場者とラリーを楽しんだ。

 40代の時に見つかった骨盤の腫瘍で2度の大手術を受け、車いす生活に。リハビリで始めた卓球にのめり込んだ。04年アテネパラから4大会連続で出場。「バタフライ・マダム」。チョウの髪飾りがトレードマークの別所を、いつからか各国の選手はこう呼ぶようになった。

 20年東京パラには、22競技540種目に史上最多の4400人の選手が集う。しかし56年前、高校生だった別所は東京パラの開催を知らなかった。「教室のテレビで『東洋の魔女』の活躍は見たけれど。周りに障害者もいなかった」。バリアフリーが不十分だった時代。「外出できなかったのかも。私自身が車いす生活になって初めて気づいた」

     ◆

 段差なく乗り降りできる路線バス、街中のエレベーターや身障者用トイレ…。整備状況は今も地域格差がある。「多くの障害者は整備された範囲しか移動できない。だから触れ合える相手も限られる。本当の意味の社会参加は進んでいない」。兵庫県肢体不自由児者協会の常務理事、長谷照彦(72)はこう指摘する。

 物理的な障害以上に社会参加を阻む「心の壁」は、1964年当時と変わらないと感じる。「頭で障害者への理解が必要と分かる人が増えても、心は追いついていない」。16年に起きた相模原市の障害者施設殺傷事件後は、ネット上に障害者への中傷があふれた。

     ◆

 「当時は優生思想の全盛期。兵庫県にとって僕は『不幸な子ども』の象徴だった」

 人気テレビ番組「バリバラ」に出演する玉木幸則(51)=兵庫県西宮市=は、64年東京大会の4年後に生まれた。脳性まひだった。県は当時「不幸な子どもの生まれない県民運動」を展開。障害のある子を「不幸」とみなす意識が根深かった。

 56年を経て再び日本で開かれる五輪・パラ。「共生」の進展が期待されるが、玉木は懐疑的だ。

 障害者の自立支援に長年携わった経験から、番組のテーマには「生きづらさを抱える少数派にとってのバリアをなくす」を据えた。バリアは「障害がない人の心の中にあって、生きづらい社会をつくる」。それを打破して「共に生きる社会」を実現するには、健常者と障害者が共に学び、育つ環境が必要と説く。

 「“2020”はスタート。社会を変えるには一緒に考え続けるしかない」。玉木は五輪・パラ後に目を凝らす。

=敬称略=(段 貴則)

【パラリンピックでの獲得メダル数】日本パラリンピック委員会によると、日本選手団が獲得したメダル数は、夏季が累計376個。初めて日本がメダルに輝いたのは1964年の東京大会で10個だった。内訳は、卓球の金メダル1に加え、銀5、銅4。前回16年のリオ大会は計24個だった。冬季は計90個。同委員会は、20年東京大会の獲得目標として金メダル22個を掲げている。

総合の最新
もっと見る

天気(1月19日)

  • 11℃
  • ---℃
  • 20%

  • 11℃
  • ---℃
  • 30%

  • 11℃
  • ---℃
  • 20%

  • 10℃
  • ---℃
  • 20%

お知らせ