競馬実況9万レース-。兵庫県を主戦場に「地方競馬に吉田あり」と全国にその名をとどろかせた名物アナウンサーが、ついにマイクを置く。約64年にわたり実況を続け、ギネス記録にも認定されたアナウンサー吉田勝彦さん(82)=兵庫県尼崎市=は「惜しんでもらえるのはありがたいこと」と、人生を費やした馬場を見つめる。終盤に声が裏返る「吉田節」。名調子の聞き納めは、9日の園田競馬場(尼崎市田能2)だ。(山本 晃)
吉田さんは大阪市生まれ、兵庫県加古川市で育った。ラジオドラマの俳優を目指したが、1955(昭和30)年、実況アルバイトに応募して競馬の世界へ。姫路競馬場(姫路市広峰2)も含め、兵庫県競馬組合の開催でこれまでに約9万レースを実況した。2014年に同一競馬場で実況する世界最長アナウンサーとしてギネス記録に認定された。
「実況はレースを演出する声の照明係。第3コーナーで一度心配させて、最後の直線で盛り上げる。消しゴムが使えないから難しいね」。馬と騎手の状態に目を凝らし、声の強弱や早さを巧みに変えながら、レースを引き立てる。
若い頃は朝4時から厩舎(きゅうしゃ)に通い、馬の世話をしながら調教師や騎手から知識を吸収した。馬券で勝った人、負けた人。誰が聞いても楽しく感じてもらえるように心掛ける。「『どの馬が何着で』という実況なら誰でもできる。自分のしゃべりに馬がついてくる勢いで伝えたい」と話す。ただ、独特の裏返る声は技術ではなく「気持ちが高ぶると、つい出てしまう」と笑う。
42歳で右目を失明したが、80歳を超えるまで続けてこられた。数年前、親交のある演歌歌手、北島三郎さんから「俺だって足りないんだ。だから歌ってる」と励まされたことも原動力になった。「自分なりに頑張ってきたけれど、これを話しておけば、話さなければ良かったという思いもある。でも、常に完璧なんてないと思う」
競馬ファンに絶大な人気を得たハイトーン実況。全国的に有名になっても、愛してくれるファンがいる“兵庫”への愛着は忘れなかった。9日に実況からは引退するが、競馬解説などの活動は続ける。「最後だからと作った実況はしたくない。見たものを見たままにしゃべる」。最終レースの後、園田競馬場で引退セレモニーが開かれる。