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「神戸で学んだ助け合い、感謝する心を全国へ広げたい」と話す平松愛理=神戸新聞松方ホール(撮影・秋山亮太)
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「神戸で学んだ助け合い、感謝する心を全国へ広げたい」と話す平松愛理=神戸新聞松方ホール(撮影・秋山亮太)

 シンガー・ソングライター平松愛理(えり)は、毎年続けてきた阪神・淡路大震災復興支援ライブ「1・17 KOBE MEETING(コウベ・ミーティング)」を、今年で最後にする。昨年末の会見で、苦渋の決断をこう説明した。「何が正解かは分からない。私は兵庫の震災を全国で語ることが、風化させないことにつながると考えた」

 神戸市須磨区出身。震災があった1995年1月17日は公演活動のまっ最中で、帰郷できず、2月に神戸入りした。実家は全壊し、街は壊滅状態だった。変わり果てた風景を前に無力感にさいなまされた。

 迷う背中を押してくれたのは、昨年亡くなった開業医の父だった。隣家の一室を借り、心身とも傷ついた人を診察していた。その姿が、「私は歌で支援しよう」と、一歩を踏み出す決意になった。

 その年、「美(うま)し都~がんばろや We love KOBE」を発表。淡路島出身の故阿久悠さんの詞に、優しいメロディーをつけた作品は、復興を誓う合言葉のように街に流れた。97年には遺児らの支援施設「神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)の開設記念で歌った。終演後、遺族が涙を流して感謝してくれた場面を今も忘れられない。

 歌いながら、悲惨な出来事は二度と起きてほしくないと願った。だが自然は容赦がなかった。2011年の東日本大震災では、津波が襲い、死者・行方不明者は1万8千人を超え、東北の街は破壊された。16年の熊本地震でも多くの犠牲者が出た。

 支援活動は他の地域へ。宮城県山元町に須磨の花・コスモスの種を届け、花を咲かせる活動に汗を流した。それでも昨年は、台風被害で満開の花を見られなかった。再び苦悩した。

 そんな中、東北、熊本の人々は阪神・淡路大震災、復興の話に耳を傾けてくれた。兵庫が立ち上がっていく姿が勇気を与えているのを実感した。「25年前、兵庫は全てを失ったが、今は被災地の希望になっている。阪神・淡路で学んだ助け合い、感謝の心を伝えることこそ、自分の仕事だ」

 故郷でのライブは一段落するが、終わりではない。神戸の物語を伝える次の一歩の始まりだ。「1・17 コウベ・ミーティング2020」は17日午後6時半から神戸新聞松方ホール。前売り5千円、当日5500円。(津谷治英)

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