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東北、兵庫、熊本と被災地への支援活動を広げてきた八神純子=大阪市北区(撮影・後藤亮平)
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東北、兵庫、熊本と被災地への支援活動を広げてきた八神純子=大阪市北区(撮影・後藤亮平)

 17日夜、シンガー・ソングライター八神純子は、ジャズピアニスト大江千里、関西学院グリークラブらとともに兵庫県立芸術文化センター(兵庫県西宮市)の舞台に立つ。東日本大震災の遺児支援のためのコンサート(満席)。25年前の阪神・淡路大震災の被災地で募金を呼び掛ける。

 八神は「歌で表現することを思い出させてくれた日本へ恩返しするためにも、体の続く限り続けたい」と誓う。支援に向き合い、日本に戻ってきた原点は、1994年にさかのぼる。

 阪神・淡路のちょうど1年前の1月17日、八神は米国・ロサンゼルスの自宅で大きな揺れを感じた。多数の死傷者を出し、高速道路が倒壊するなどしたノースリッジ地震である。

 家族は無事だったが、近隣の被害は甚大だった。全壊した家、1階が押しつぶされたアパート…。人々は避難先を求めさまよった。被災した知人が八神を頼って身を寄せた。プールの水も近所に提供した。

 「想像を絶する状況。住んでいる地域が少し違うだけで運命が変わった」

 翌年、ビデオを見るかのように同じような光景がテレビ画面に流れた。阪神・淡路だ。安全、食料、水を求めて避難所に身を寄せる人々の気持ちは、痛いほど分かった。支援したいと思った。だが、2人の子どもが幼く、断念した。

 2011年、東日本大震災が発生。「今度は後悔したくない」と、一歩踏み出した。岩手、宮城を訪ね、炊き出しをセットにした支援コンサートを始めた。出会いの輪は広がり、クリスマスに合わせて神戸の菓子を東北に届ける活動へと発展。さらに熊本地震の被災地訪問と広がっていった。東北支援を機に、念願の兵庫とのつながりもでき、両被災地をつなぐため、ほぼ毎年、兵庫を訪れる。昨年は東日本支援チャリティーコンサートを西宮や芦屋で開催した。

 78年、「思い出は美しすぎて」でデビュー。透明感ある豊かな声量でヒット曲を連発したが、結婚後、米国へ移住。「もう日本で歌うことはないだろう」と思ったこともある。

 それが自らの被災体験、阪神・淡路、目の当たりにした東日本の惨劇が転機となった。復興支援をきっかけに日本の第一線に本格復帰した。かつてのヒット曲「みずいろの雨」を英語で歌って楽風を広げ、東北を励ます「翼」など新曲づくりにも取り組む八神。

 「第二の音楽人生をスタートできた。歌う使命を全うさせる」(津谷治英)

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