「再開発が失敗し、店も激減した。そんな場所で新しく商売などをする人がいるのか」
兵庫県豊岡市日高町江原、JR江原駅周辺。この地域で昨年12月に開かれた交流イベントで、「日高の未来」をテーマに語り合う劇作家平田オリザ(57)らの対談を聞いていた住民が疑問を投げ掛けた。
1990年代に国道312号がJRの西側に整備され、店が集まっていた同駅周辺の交通量が移った。スーパーや小売店なども閉店が相次いだ。そんな地域に昨秋、平田が移住。主宰する劇団「青年団」も東京から拠点を移す。
「地域貢献のために移転するわけではない。ここで世界最高峰の作品づくりを目指す」。平田は穏やかに、きっぱりとした口調で答えた。世界的な作品が作られた、という事実が地域への還元になるということだ。
同駅近くで文具店を営む森田一成(57)は、劇団移転を心待ちにしている一人。「経済効果よりも、世界で活躍するような人たちがやって来たらどうなるんだろう、というワクワク感がまちに漂い始めている」
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青年団演出部の渡辺瑞帆(28)は昨年6月、劇団移転に先駆けて移住した。今年から本格開催される豊岡演劇祭で、メイン会場とは別の「フリンジ(周辺)」と呼ばれる小さな劇場になる場所を探すため、市の「地域おこし協力隊」になり、活用できる空き家や空き店舗を調べている。
「よく分からない事に場所を貸すのは誰でも抵抗感がある。まずは自分のことを知ってもらうことから」。初めて訪れた日に偶然入った居酒屋は、今では常連客と顔なじみになった。元呉服店の空き店舗を借り、いろいろな人が交われる場所づくりも進める。
生まれも育ちも東京の中心地。都立青山高校で目玉行事だった全員参加のミュージカルを作り上げる体験から演劇にはまった。
「私たちの世代の中では、演劇は分からないという人を切り捨てず、新たな観客をつくっていかなければいけないのではと感じている人が増えている」
東京から地方へ。「演劇のまち」が、そんな流れを後押しするかもしれない。
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「アートと冒険は似ている」。日高出身の冒険家植村直己を尊敬しているという平田。アートも冒険も、やってみせるまでは誰にも分からない。「みんなが追随するのが革新的なアート。単に目新しいのでなく、本当に新しいものはパラダイム(枠組み)を変える。そんなことを豊岡でやりたい」
絶滅したコウノトリをよみがえらせた豊岡。次なる物語が幕を開ける。=文中敬称略=
(石川 翠)