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男性が入院2日目から過ごした大部屋内のスペース。手前にカーテンが引かれ、外の様子は分からない(男性提供)
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男性が入院2日目から過ごした大部屋内のスペース。手前にカーテンが引かれ、外の様子は分からない(男性提供)
男性が入院中に検温のたびに撮影した体温計。36度台が続いていたことが分かる
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男性が入院中に検温のたびに撮影した体温計。36度台が続いていたことが分かる
男性のCT画像。下側が背中側で、画像左側に白い染みのような新型コロナウイルスによる炎症が見られる(男性提供)
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男性のCT画像。下側が背中側で、画像左側に白い染みのような新型コロナウイルスによる炎症が見られる(男性提供)

 新型コロナウイルスの軽症患者として病院と療養施設に計4週間入っていた兵庫県南部の50代男性が、神戸新聞の取材に応じた。ある日突然、「陽性」と判定された人は退院までにどんな経緯をたどるのか。家族は、仕事は、症状は……。インタビューの内容は以下の通り。(霍見真一郎)

■ふらつき

 世間でコロナ、コロナと騒いでいるけど、周囲でかかった人は聞いたことがなかったんで、ピンと来ていなかったんです。でも、一応マスクはしていました。

 4月上旬のある朝、起きたとき、ふらついたんです。「熱が絶対ある」という感覚、ありますよね。体も重たく感じました。

 熱を測ったら37・0度。平熱が36度ジャストくらいなので、1度上がると結構しんどくて。そのころPCR検査の相談をするのは「37・5度以上で4日間」という基準があったんで、様子を見ました。その後基準は見直されたんですよね。

 もしかしたらコロナかな、という思いは正直6割くらいはありましたよ。でも家族を含め、周りには風邪と言いました。出勤して誰かにうつしたらまずいので仕事は休み、予定はすべてキャンセル。みんなに心配されました。「無理ばかりしていたんで熱が出たんだと思う」と説明しました。

 漢方薬を飲んで寝たらいつもは1日で熱が引くのに、2日目の朝も37・3度。「あれ、下がっていない、やばいな」と思いました。すぐに保健所に相談しなかったのは「37・5度」という基準があったからです。相談しても多分受け付けてもらえないと思いました。

■味がしなくなる

 3日目の夜に38・0度まで上がりました。インフルエンザかな、と思いました。僕、インフルなら38度くらい出るんです。

 息苦しさはありませんでした。入院した後にCT画像で知ったのですが、僕の場合、コロナによる炎症が肺の片側だけだったのが良かったのかもしれません。肺の両側に炎症が出ることが多いようなんですが。

 ただねえ、味はしなくなってきました。38度まで上がった日、妻が買ってきてくれたロールケーキは、ぬるっとしたクリームの食感はあるのに味がしませんでした。なぜかポテトチップスの塩味は感じたんですがね。入院直後には、匂いも感じなくなっていました。

■家族と隔離

 熱が出た後はずっと家の中にいました。洗面所とトイレは僕の部屋がある2階しか使わないよう妻からお達しが出て。1階に行くときも階段の手すりに触れないように気を付けていました。食事は同じ食堂ですが、家族が全員食べ終わってから食べました。「みんな歯を磨いて部屋に入ったから、お父さん食べに来て」みたいな。だから熱が出て以来、子どもと会っていません。だるくて、基本は部屋で寝てました。

■保健所に電話

 4日目の朝に保健所に電話しました。「熱は何度ですか」「海外には行かれましたか」とか聞かれました。「コロナやと思う」「いつもと違う」と味覚の話もしました。夕方になってようやく検査する病院から電話があって、3日後の朝に来るよう言われました。

 検査の日は、すごい雨が降っていて。ビニールシートで囲ったピロティで完全防護した先生たちに検査されましたが、寒かったです。室内に入れたのはCT検査のときだけ。CTはさすがに持って出られなかったんでしょうね。あったかいわ、って思いました。

 CT検査とかウイルス検査とか、いろいろしたんですが、看護師さんに「PCR検査受けますか? 別に受けなくてもいいですよ」と言われました。わざわざPCR検査を受けに来ているのに失礼な対応だなと。感染者を増やさないため検査させたくないのかな、という印象を受けました。PCR検査は必ずお願いします、と念押ししました。

 寒いのにエンジン切ったまま車の中で1時間ほど待たされました。女医さんが窓をたたいて「残念ながら陽性でした。入院です」と。その瞬間は「ほらみてみい」と鬼の首を取ったような気持ちでしたね。

 でも、帰宅するため駐車場を出たとたん、人工呼吸器につながれる重症患者の姿が頭に浮かびました。運転中に急変して呼吸困難になったらどうしよう、はあはあ言い出したらどうしよう。やばい、やばいしか頭に浮かびませんでした。

■すぐに入院

 帰宅すると、すぐに保健所から電話があり、入院する病院を告げられました。急に対応が早くなりましたね。1分1秒でも早く、野放しにしないようにしなきゃみたいな感じですかね。

 最初は救急車で迎えに行くと言われたんですよ。ただ、全員防護服着て3人くらいで行くけど大丈夫ですかと言われまして。近所に「僕はコロナ」と言っているようなものじゃないですか。だから、自家用車で行きますと。妻に運転してもらいました。

 入院した段階では熱は下がっていて。ほかの患者さんには申し訳ないが、めちゃくちゃ元気でした。ただ、味はしない。匂いもしなかったかな。だるさは全然なかった。でも入院後は高熱もなんにも出ずに普通のまま。すぐに匂いも味も正常に戻ったんですが、なぜか陽性が続きました。

■仕切られた世界

 入院初日は個室だったのですが、元気だったからか、翌日には同じフロアの4人部屋に移されました。常にカーテンが引かれていたので顔は一切見えなかったんですが、ごほごほと布団に口を押し当ててせき込む声も聞こえるし、点滴引きずってトイレに出て行く音も、「下痢が止まらない」という声も聞こえました。

 ここおったら余計命縮めると思い、先生に「申し訳ないけどお金かかってもいいから個室に変えてほしい」とお願いしたんですが、当時はコロナ患者の病床が足りない状態で、重症者を優先させてほしいと言われました。

 看護師さんは定期的に完全防護で血圧と血中酸素度を測りに来ました。検温は毎日朝夕2回ですが、専用の体温計が配られていまして、ちょっと離れた扉にいる看護師さんに伝えていました。看護師さんには「お湯ください」などと生活上の細かいことでも大変お世話になりましたね。

■家族も濃厚接触者

 行動歴の聞き取りは初日にありました。家族は濃厚接触者だから、その時点から2週間外出禁止です。

 最初は家族に大部屋前で電話しましたが、看護師さんにつばが飛ぶと叱られて、それ以降はLINE(ライン)のメッセージにしました。妻は絶対感染していると思ったのですが、大丈夫でした。安心しました。

 初日は手続きが多かった。お医者さんの説明や検査、精神科の先生の面談もあった。心を病む人が多いらしい。長期間になる恐れがあるし、部屋から出たらだめなんですよ。一切。

 動物園の獣の気持ちがすごく分かりましたね。なんで無駄にうろうろしているのかが。あれはやってみないと分からない。でも病むかどうかは性格だと思う。

 1日のテレビ番組を頭に入れ、きょうはどんな面白い話をダウンタウンはするんだ、とか考えるように切り替えました。ユーチューブをイヤホンして見るとか。携帯があって助かった。

■週にマスク1枚

 (血圧と体温を測りにくる以外に)ほとんど口きかないです。入院2日目から「1週間同じマスクを使ってください」とアナウンスがありました。配るマスクがなくなったと。1週間ごとに渡しますと。看護師さんに後で、そんなん病気なのにいいんですか、と聞いたら「数がない」と言われました。ほかの物資も足りないと言っていました。

 ずっとそうでした。金曜日にマスクは支給される。僕は、1日使ったら表裏にアルコールをかけて乾かしてました。それぐらいしか方法がなかったので。だから4週間病院とホテルにいましたけど、支給マスクは4枚か5枚だけですよ。

■トイレへの往復20歩

 大部屋は仕切られていて、しかも通路側だったんで、時計がなかったら、朝か昼かもわからない。本も持ってきていなかった。あまり声を大にして「俺コロナやねん」とかSNSに出せないじゃないですか。思いっきり暇でした。

 朝6時くらいに目が覚める。朝ご飯は8時なので、2時間どうしようかなと。取りあえず、トイレに行こうと。自分のベッドから往復20歩のトイレだけが、移動を許された場所でした。

 ベッドからは、外の様子が一切分からない。昼間なのに薄暗いオレンジ色の室内灯みたいなのがついている。トイレ行くときに窓があるので、外の天気が分かった。ナースコールで「きょう何回トイレに行きましたか」と聞かれたら、「用を足した回数ですか」と聞き返したこともあります。「大きい方は2回と小さい方は6回くらい。でも、行った回数は25回くらい」と答えていました。それしかストレス解消法なくてね。

 病室の前には、汚染区域を区別するついたてがありました。月、水、金曜だけ1回30分シャワーが浴びられるのですが、そのときは看護師さんが先導しました。通路の中央に赤いテープが貼られ、汚染区域から出ないよう注意しました。シャワー室では、体を洗う前に衣類を洗濯し、ベッドに帰ると上に張った縄に干しました。

■ようやく陰性に

 入院して1週間がたつと、2日に1回PCR検査を受けました。陰性なら基本的に次の日、陽性なら2日後に検査します。僕は一度陰性になったけど、次は陽性に戻ったりしました。結果は以下の通りです。

 1回目(8日目) 陽性

 2回目(10日目) 陰性

 3回目(12日目) 陽性

 4回目(15日目) 陽性

 5回目(19日目) 陽性

 6回目(24日目) 陰性

 7回目(26日目) 陰性

 退院 (28日目)

 退院するためには陰性が2回続けて確認されなければいけません。最終的に退院が決まったときは、良かった、やっと帰れるわと。まず仕事ができるんで良かったなあと。多分すごいたまっているだろうなと。これは忙しいぞとまず思いました。

■薬はなし

 陰性がなかなか2度続かなかった。先生に聞くと、高熱がでない分、ゆるやかに闘っているのではないかということでした。コロナウイルスと体が会話のテーブルにつきながら、共存共栄でいきませんかねと話しているような状態を思い浮かべました。「ちょっと抗体に変わってもらえませんか?」「抗体になるには時間かかりますけどいいですか?」「それはのみましょう」…みたいな話で長引いたのではないかと。

 アビガンなど治療候補薬の臨床研究をしていない病院でした。困っていることは、と聞かれて「眠れない」と答えたときに睡眠薬を1錠処方してくれましたが、飲みませんでした。コロナの薬は一切なしです。

 だから飯食って寝るだけ。特効薬がないという説明は一番最初にあった。どうしても頭痛がするとかあれば処方するが、いろんな薬飲むのはお勧めしないと。

■療養ホテルへ

 入院2週間が過ぎたころ、「ホテル療養に切り替えできますけどどうしますか」と電話がありました。急に言ってきはるんですよ。病院ではなく、保健所から。ぜひ移らせてくださいとお願いしました。

 日の当たる部屋に行かせてほしいと。ホテルなら窓が大きいだろうし、1人になれる。ホテルの方がいいと思いました。でも、イメージと違ってね。シーツの交換はない、枕カバーの交換もない、タオルの交換もない、掃除もしてくれない。どんどん汚くなっていきました。タオルは自分でバスタブで洗いましたがね。

 ホテルの窓から鼻を出して呼吸をしました。娑婆の空気はいいなあと感激しました。

 ホテルでは、朝夕2回、内線電話で看護師さんが体温などを聞いてくれました。結局、入院はホテルも含めると28日間でした。

■仕事や中傷

 仕事は全然できなかった。どうしても大事なところには「コロナになりました」と伝えた。ラインとかメールでもすみませんと流して。電話で伝えたときは、携帯を耳から離す動作が分かるんです。「もしもし、電話ではうつりませんから」と言いましたがね。

 仕事の仲間はみんなわかっているけど、絶対言わないですし、自分からも言わない。心配なのは、風評被害ですよね。あそこコロナ出たらしいと。ただ僕の場合、緊急事態宣言で世間が止まっている間だったので、精神的にも仕事的にもあまりダメージを受けなかった。みんなが在宅勤務していたので、入院していたことすら知られていない。ラッキーだったのかもしれませんね。

■軽症者こそ検査を

 検査を気持ちよく受けられるシステムを作ってほしいですね。偏見もあって調べに行くのが嫌な人たちはいっぱいいると思うんです。でも、軽症の人たちにこそ検査に行ってもらわないと話にならない。ウイルスをまき散らしているわけですから。よっぽど熱出て息苦しいのでなければ、会社に出ると思います。

 コロナ検査だけだったら無料と言われました。コロナの入院費はほとんどかからないと聞いています。強制隔離ですから。でも隔離はした方がいいんでしょうね。療養環境は良くしてもらいたいとは思いますが。

 軽症患者の状態はあまり知られていないと思います。僕のように、普通に退院できるコロナもありますよと伝えたいですね。

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