兵庫県明石市は今春、犯罪被害者支援条例を改正し、心神喪失などを理由に加害者が刑事責任を問われなかった事件の遺族に特例給付金が支払われる道を開いた。きっかけをつくったのは、精神障害の男による通り魔殺人事件で長男を亡くした曽我部とし子さん(74)=同市。9日で事件から丸24年。「裁判さえなかった事件でようやく被害者として認められた」と活動に一区切りを付けたい気持ちと、裏腹には「やり残したことがあるのでは」との思いも尽きない。(小西隆久)
長男の雅生(まさお)さん=当時(24)=は1996年6月9日、JR明石駅南の国道2号沿いで男に背後から包丁で刺された。
逮捕された男は精神障害で不起訴。裁判で真実を知る機会は奪われた。悲しみとやりきれなさの中で、周囲の「息子さんが2人いて良かったね」などの言葉にも痛苦を味わった。「遺族の胸の内を知って」と事件の3年後、ミニコミ誌「風通信」を創刊。講演などで体験を語り続けてきた。
明石市の犯罪被害者支援条例は2011年に制定された。市議に必要性を説いて回ったのが、とし子さんだった。条例はその後も遺族の声を受けて改正を重ね、14年には加害者の賠償金を市が立て替える制度が盛り込まれた。
だが、刑事裁判にならず、民事上の責任を問われない事件の被害者は利用できず、昨年9月、とし子さんは救済を求める声を上げた。長男の事件で裁判は開かれず、加害者の情報さえ知らされなかった。「私のような体験を誰にもしてほしくない」との一心だった。
遺族らを交えた検討会を経て、市は特例給付金の支給を条例改正案に盛り込んだ。市議会は3月23日、改正案を満場一致で可決。議場で採決を見守ったとし子さんは支援者の角谷團(まどか)さん(63)=明石市=と手を取り合い、涙を流した。「これまでの活動もひと区切りかな」との思いが胸をよぎった。
毎年、事件が起きたこの時期に落ち込む心を抑えられないというとし子さん。それでも少しずつ「前を向けている」と感じる機会が増えたのは3年前、雅生さんの命日にあったある出来事がきっかけだった。
友人に連れられて行った蛍狩り。手渡されたホタルが手の中で瞬く姿に「雅生が帰ってきた」と直感した。友人の優しさと長男へのいとしさに涙をこらえてホタルを放した夜、一句をしたためた。
「手の中の 蛍を放つ涙かな」
遠のいていた俳句会にも足を運ぶようになった。
今でも殺人事件の報道を目にするたび、「私が伝えられることがまだあるのかも」と心が揺れる。「明石市の条例改正は大きな一歩。全国にも広がってくれれば」。とし子さんはミニコミ誌新号の構想を考え始めている。