丼鉢を頭にかぶり、ゴーグルには「完食」の2文字。首にネクタイを巻き、劇画調の渋い表情で「完食は愛だ!」と叫ぶ。彼の名は「完食戦士 中年カラダ」。食べられるのに捨てられる食品ロスを減らすため、兵庫県川西市が生んだローカルヒーローだ。新型コロナウイルスの感染拡大をへて飲食店に客が戻りつつある中、居酒屋などの一角から食べ残しゼロを訴える。掲示する市内の協力店はじわりと増え、市民に浸透し始めている。(伊丹昭史)
同市は数年前からごみの減量や分別を訴えるため、子ども向けの「スーパー戦隊クリンジャー」など独自のキャラクターを考案。年2回発行の市広報紙に登場させるなどしてきた。
食品ロスへの取り組みは、国が本腰を入れ始めた2016年度から。宴会での食べ残しが主なターゲットなので、大人向けのヒーローとして完食戦士を企画した。酔客らに気付いてもらうために「インパクトを重視した」と市美化推進課の熊谷愛梨さん。絵柄は広報誌の当時の市民編集委員で、イラストが得意な女性に依頼した。
人物像も細かく設定。本名は「空田完吉(からだかんきち)」。生まれも育ちも川西市の40代で、妻と小学2年の息子がいる会社員。寒いギャグで時を止めて周囲の人を凍り付かせ、その隙に残った料理を小皿に取り分けるのが得意技だ。
ポスターは数種類を作り、17年度から市内の飲食店などに掲示を依頼して回った。あまりのインパクトに「店の雰囲気に合わない、と断られることもあった」と同課の山下晴子課長補佐は苦笑するが、食品ロス問題が浸透するにつれ、運動に協力する店は当初の数店から今や約40店に。店からは「お客さんから食品ロスについて聞かれた」「店側も問題意識が出てきた」などの反応もあるという。
19年度は、ごみ収集車にも完食戦士をラッピング。賞味期限が迫った割引食品の購入を促すため、スーパー向けのポスターも作った。
山下課長補佐は「目的は食品ロス問題を知るきっかけづくり。今後も完吉さんで訴えていく」と話す。
■各地で啓発、姫路は「お菊さん」
国の推計によると、食品ロスの量は、最新の2017年度で約612万トン。国民1人が毎日茶わん約1杯分のご飯を捨てている計算だ。
各自治体は、宴会で乾杯後30分と最後の10分は料理を楽しむよう訴える「30・10(さんまる・いちまる)運動」などを展開。PRポスターにも工夫を凝らす。
兵庫県姫路市は昨年、ゆかりの怪談「播州(ばんしゅう)皿屋敷」のお菊さんが食べ残しの皿を数える漫画を採用した。神奈川県は人気アニメ「忍たま乱太郎」の食堂のおばちゃんが「お残しは許しまへんでェ」と一喝。東京都八王子市のポスターは、市内で美術などを学ぶ東京造形大学の学生がデザインした。
福岡市は川西市同様の劇画路線で、独自キャラクター「宴会部長『完食一徹』」を15年度に登場させた。だが、こわもてでネクタイを頭に巻いた風貌に「下品」「飲酒運転を助長する」などと市民の批判があり、19年度はクマのキャラクターに切り替えた。
福岡市の担当者は「運動の認知度向上など一定の効果はあったが、インパクトが強すぎて細かい部分が伝わらない面もあった」と話した。