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「現在の沖縄の映像も交え、今につながる話なのだということを強調した」と話す太田隆文監督=大阪市内
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「現在の沖縄の映像も交え、今につながる話なのだということを強調した」と話す太田隆文監督=大阪市内

 多数の島民を巻き込み、20万人を超える命が失われた沖縄戦を、生き抜いた人々による体験談と専門家の解説、米軍撮影の記録映像を織り交ぜてたどる映画「ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶」が14日から神戸映画資料館(神戸市長田区)で公開される。太田隆文監督(58)は「戦争の悲惨さを知らない、特に若い世代に見てほしい」と呼びかける。(片岡達美)

 太田監督自身、それまで沖縄戦について「事実をきちんと把握していなかった」と明かす。製作に当たっては「自分も一から勉強するという視点を生かそう」と心掛けた。

 「集団自決」「対馬丸沈没」などの項目ごとに取材し、話を聞いた人に別の人を紹介してもらう作業を重ねた。3年かけて、その人数は体験者12人、専門家8人にのぼった。

 米軍上陸を前に「集団自決」があった渡嘉敷島で、死のうとする父を母が必死で止めた様子を当時小学1年生だった吉川嘉勝さんが語る。元沖縄国際大学教授の吉浜忍さんは日本軍の強制によって起きたと指摘し、「集団強制死と呼ぶのがふさわしい」と断罪する。

 読谷村では元村議の知花昌一さんが2カ所の避難洞窟を案内。その一つ「チビチリガマ」では住民約140人のうち85人が死亡し、うち83人は集団強制死だった。知花さんは「生きて虜囚の辱めを受けず」という皇民化教育が生んだ悲劇と受け止め、教育の大切さを訴える。もう1カ所の「シムクガマ」にはハワイ帰りの住民がいたため、米兵と交渉し、犠牲者を出すことなく投降したという。

 沖縄県では1983年から30年かけて、アメリカに散在する米軍撮影の沖縄戦記録フィルムを県民1人が1フィートずつ買い取る「1フィート運動」が行われ、現在は県公文書館が保管する。それら31時間分と、運動以外の映像も合わせて計100時間以上を太田監督は見た。震える少女に水を与える米兵や、投降を呼びかける米兵の様子など、30分程度を今作に織り込んだ。

 太田監督は「これは終わった話ではない」という。コロナ禍の今、困窮する自営業者らに自粛しろと注文はするが、十分な補償をせず、適切な対応を取れない政府の姿が「沖縄の住民の犠牲を知りながら、守ることなく捨て石のように扱った旧日本軍にだぶって見える」と憤る。

 上映は25日まで。連日午前10時半から。水木曜休み。TEL078・754・8039

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