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池谷薫さん=神戸市東灘区(撮影・吉田敦史)
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池谷薫さん=神戸市東灘区(撮影・吉田敦史)

 国家はでっかい嘘(うそ)をつく-。映画監督で甲南女子大学教授の池谷(いけや)薫さん(61)は、自作のドキュメンタリー「蟻(あり)の兵隊」が伝えるメッセージを、そう表現する。国にあらがい、真実を知りたいと執念を燃やす元残留兵らの姿を追った映画は2006年に公開され、異例のロングラン上映となった。そしてアジア・太平洋戦争終結から75年の今年、自ら「狂って撮った」と振り返る作品を再び全国で上映する。コロナ禍の中、新しい出会いを信じて。(新開真理)

 -「蟻の兵隊」の全国ツアーが始まりました。8月は13カ所。神戸の元町映画館で上映中です。

 「皆さん、日本の戦争は1945年8月15日で終わったと思っているわけだけど、中国・山西省に駐屯していた陸軍の将兵約2600人は、あろうことか軍に残留を命じられ、その後の中国の内戦を戦わされた。550人余りが戦死しました。ところが、これが国際法に違反するため、日本政府は兵士らが志願して勝手に戦争を続けたとみなして補償を拒否した。長年、黙殺されてきた元残留兵らは齢(よわい)80にして『自分たちは日本兵として戦ったんだ』と、真相を巡って国を相手に裁判を起こす。腰の曲がったじいさんたちの孤立無援の闘いに、カメラを向けました」

 「元残留兵の奥村和一(わいち)さんの中国への旅が映画の中心にあります。命令され、初めて人を殺した場所も訪ねていく。被害だけでなく、語られることが少なかった加害の面からも戦争を描いた作品です」

 -なぜ今、全国で上映会を?

 「15年前の撮影時、元兵士らは『俺たちが戦争に持って行かれた時代に似てきた』と言っていたが、近年はさらに不気味な右傾化が進み、強い危機感を持っています。そして森友学園を巡る一連の問題。公文書が改ざんされ、(当事者が)自死に追い込まれる。個人が国家に踏みつぶされる構造が、75年たっても変わってないわけですよ。むしろ強まっている。だからこそ今、奥村和一の信念を持った生き方を見てほしい」

 -「国家はでっかい嘘をつく」。それを肌身で知る戦争経験者は、どんどんいなくなる。

 「怖いです。出演してくれた元残留兵も全員亡くなってます。ただ、奥村さんたちは、スクリーンの中で生きている。戦争の記憶と向き合うことは本当に勇気がいるけれど、遺言のように語ってくれたと思うんだよね。だから、国家と対峙(たいじ)する個人の姿を見て、人間の尊厳とは何か、ということを感じてほしいんです」

 -主人公の執念、気迫に引き込まれました。

 「僕は被爆2世なんだけど、おやじが広島で被爆したことを18歳まで知らされなかった。それもあって、戦争を体験した人たちに、もっと語ってくれよっていう思いを持ってきたんですね。この映画の撮影時は終戦から60年。奥村さんは自分の都合のいいように記憶を編集しているところがあった。それを僕が、もっとちゃんとあの戦争と向き合ってくれ、真実に到達してくれと追い込んでいく。最初はびっくりしたと思います。だけどそれをちゃんと一回、自分の心に入れて、また史料とにらめっこして…。すごい人でした」

 「奥村さんは戦後、結婚して子どももできて、でも心の中に戦争のことがずっと渦巻いている。普段はほんとに優しいおじいちゃんなのに、残留問題の話になると突然、怒りだす。戦争一筋に生きちゃった人の静かな狂気に対峙するときに、僕も狂っていかなければ追いつかないというか、そんな感覚もあった。ドキュメンタリーというのは、撮らせてもらってる間は撮れやしないんですよ。これだけの事件が歴史の闇に葬り去られようとする中で、僕から映画の話を聞いて、奥村さんは『しめた!』と思ったそうです。出会った瞬間に共犯関係みたいなものが成立してたんだと思います」

 -相手と信頼関係を築くために、どう接しているのですか。

 「こちらは相手を知っていて、撮られる方は知らないというのはフェアじゃない。だからカメラが回っていない時、いろんな話をします。奥村さんとも、たくさん話しました。撮影中、ふっと我(われ)に返ると、なんでこんなじいさんを追い込んでるんだって思う。でもやっぱり見たいし、作りたい。心の中で手を合わせてる感じでね。だから僕は一生つきあいますよ。そしてその中で、いろんなことを教わってる。人生とは何か、人間とは何かって。幸せだと思います」

 -2018年、神戸で制作集団「元町プロダクション」を結成しました。

 「僕の作品を上映する塾を17年から元町映画館で始めたところ、酒盛りの席で、実は撮りたいものがあるねんと言われて。阪神・淡路大震災(の影響)もあってか、それが1人や2人じゃなかったので、活動を始めました。自分や家族にカメラを向ける人が多いんですが、己をさらけ出す覚悟があるかどうか。僕は容赦しない。でも歯を食いしばって撮る人が現れてきて、ついに劇場公開作品が誕生したんですよ。来春、公開予定の高木佑透(ゆうと)監督の『僕とオトウト』です。知的障害のある弟との日々が、実にみずみずしい感覚で描かれている。かけがえのないものを伝えてくれてる感じがするなあ」

 -今、手掛けている作品は?

 「だんだん自分のことに帰っていく、みたいなところはあってね。神戸に来て(父が被爆した)広島が近くなって、僕は福島で小学4年から中学3年まで育っているから、広島と福島をつなぐような映画を作りたいという構想はある。かっこつけて言わせてもらうなら、僕は被爆2世として、戦争とは何かを語り継ぐのが使命だと思ってるので。だから甲南女子大の学生にも授業で『蟻の兵隊』を見せる。見終わって、忘れてもいい。だけど何かの瞬間に、ふっと思い出してくれればいいなと」

 「大学を出て番組制作会社に入った当時は、ドキュメンタリーなんかやるつもりなかったんです。でも、人が追い込まれる中で見せる底力のようなものに出会ううちに、変わっていった。人間って悲しい時にへらへら笑ったりする。そういう矛盾みたいなものを一瞬でつかみ取れる力が、映像にはあると思っています」

 -「蟻の兵隊」は、神戸では14日まで上映中です。

 「戦争とは、国とは何か、国家と個人はどうあるべきか。分かろうと思わなくていいから、終戦75年の夏に、感じてほしいですね。全身で語り掛けてくる奥村和一という人の姿から、浴びるように感じてほしい」

【いけや・かおる】1958年東京生まれ。同志社大学卒。番組制作会社を経て映画監督に。デビュー作「延安の娘」、東日本大震災後に撮影した「先祖になる」などで国内外の賞に輝く。神戸市在住。

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