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盛大な見送りを受け、姫路から出征する兵士たち。その多くが二度と帰らなかった(兵庫県立歴史博物館蔵、高橋秀吉コレクション)
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盛大な見送りを受け、姫路から出征する兵士たち。その多くが二度と帰らなかった(兵庫県立歴史博物館蔵、高橋秀吉コレクション)

 満州事変から終戦まで(1931~45年)に、兵庫県で編成された主な陸軍部隊の戦死者と、県内の空襲で亡くなった一般市民らを合わせると、計約3万人に上る。神戸新聞社が、県内の関連史料を集計した数字で、実際の死者数はこれを上回るとみられる。

 県内には姫路市、丹波篠山市、青野原台地(小野、加東、加西市)などに陸軍の拠点があった。歩兵や野砲兵、戦車連隊などが編成されて中国・満州やビルマ(ミャンマー)、ソロモン諸島などに派遣された。

 連隊史や慰霊碑などで確認できた戦死者は、主な歩兵、戦車連隊の計1万8611人。そのうち姫路で編成された歩兵第81連隊は、中国とソロモン諸島・ブーゲンビル島で5124人が死亡。大日本帝国占領下のフィリピン防衛戦などに参戦した歩兵第39連隊(姫路で編成)は3496人が戦死した。記録の散逸などで全ての戦死者は明らかになっていない。

 戦争末期、県内各地が米軍の焼夷(しょうい)弾爆撃や機銃掃射に見舞われた。県内21市町で少なくとも1万893人の命が奪われた。(杉山雅崇、金 旻革)

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