地球温暖化への対策や生態系を守るための行動を促す「持続可能な開発目標(SDGs)」の重要性が、コロナ禍が覆う世界各国で再認識されている。欧米、中国、インドなど化石燃料を燃やす量が減った各国で、青い空と澄んだ空気が戻り、取り組み次第で地球環境は良くできると多くの人が感じたからだ。兵庫に目を転じれば、神戸市東灘区の神戸酒心館は経営の中心に「サスティナブル(持続可能性)」を据える。社長の安福武之助さん(47)は「今が社会を転換するための大事なタイミングではないか」と問い掛けている。(辻本一好)
-安福さんは、サスティナブルかどうかという視点を、それぞれの現場で持つことの必要性を指摘してきました。
「日本酒なら、原料である米と水が5年後、10年後も無事に使えるのか、使い続けるために何をすべきかと考えます。日本一の酒米である山田錦というすごい資産の恩恵を長く受けてきた兵庫の蔵元にとって、40度にもなる猛暑や多発する風水害は大きなリスクです。危機感を持って経済と環境の両立を意識しなければならない立場にあるわけです」
-地球環境と企業の役割について考えるようになったきっかけは?
「日本酒造組合中央会(東京)で海外向け戦略の委員を務めていますが、日本酒というブランドを世界で確立するため、毎年、フランスやドイツ、イタリアというワインの大きな産地の展示会に参加してきました。その中で、世界でとりわけ評価の高いワイナリーほど地球環境を意識してサスティナブルにこだわり、それが高い品質を生み出していることが分かりました。彼らの取り組みはわれわれよりも何歩も先を行っていると感じます」
-ワインの「世界目線」で見ると、兵庫の日本酒にはどんな価値があるでしょう。
「六甲山の恵みで、灘五郷の酒造りを語る上で欠かせない『宮水』は、世界的に見ても特別な価値があると気づきました。都市化が進む中で何十年にわたって保全されてきた地下水が、産業の重要な資源となっている例はほとんどありません。先人が六甲山の河川に造ったたくさんの水車と日本酒のストーリーも神戸、兵庫の素晴らしい資産です。水のエネルギーで大量に精米し、おいしい日本酒を造る。300年も前に、ものすごくサスティナブルなことをやっていたんですから」
-今、世界中で取り組んでいるSDGsの“DNA”と言えるようなものが、残念ながら地元であまり認識されていませんね。
「灘の日本酒が紹介される際に、過去形の説明で終わらせていることが大きいと思います。宮水については、酒蔵が自治体などと一緒に水質を守る取り組みを続けています。水車に象徴される六甲山のSDGsの歴史は、こういう時代だからこそ、兵庫のプレゼンスを海外で高めるためにもっと発信すべきでしょう。業界も環境への意識を強め、ポストコロナに向けた新しい取り組みを始めるいい機会だと思います」
-新型コロナウイルスの影響は、どうですか。
「厳しいのひとことです。特にレストランや酒蔵などの観光はインバウンドと団体客がなくなり、個人のお客さんでなんとかもっている状態。日本酒の輸出がアジアで回復してきたものの、廃業するお店もあり、まだまだ予断を許さない」
「一方で、消費者の行動が変わっていくのではとの期待もあります。猛暑や自然災害から、環境や地域とのつながりを意識した『エシカル消費』の流れが強まると思っています。遅かれ早かれ、気候変動に対して一人一人が行動を起こさざるを得ない状況になるでしょう。私の仮説が正しいか分かりませんが、以前から進めてきた省エネや資源循環など、環境負荷軽減を進める酒造りを未来への投資と考えて続け、発信していきたい」
-具体的には?
「神戸酒心館では六甲山の自然保護に役立ててもらうために、スタンダードな商品である『福寿 純米酒 御影郷』の売り上げの一部を兵庫県緑化推進協会に寄付しています。六甲山の北側で育てられる酒米、南側に降る雨から生まれる宮水、冬に蔵の中を冷たい状態に保ってくれる六甲おろしなど、特別な自然環境から生まれた素材で、お酒を醸すことができる幸運への感謝です」
-酒米を生産する農業への関わりも強めていますね。
「農業は地球温暖化だけでなく、高齢化などの問題にも直面している。酒蔵が米づくりに取り組まなければならない時代がくるかもしれない。そこで今年から、神戸市、コニカミノルタ、JA兵庫六甲などと、ドローンの画像を山田錦の生育分析などに役立てる実証事業に参加しています」
「日本酒が米づくりから始まるという基本に向き合えば、蔵元は農業の現場の問題解決に関わるべきでしょう。地域の自然を守り、地域活性化にもつながる酒造りを進めていかねばとの思いがあります」
-食と農の資源循環の日本酒造りも始めています。
「神戸酒心館の敷地には、小さな田んぼがあります。地元の子どもたちの農業や環境の体験学習向けに設けたものですが、今は神戸市北区の弓削牧場が乳牛のふん尿や食品のごみなどを発酵させて作る『消化液』で山田錦を栽培する実験田にしています。弓削牧場では、発酵でできるバイオガスを給湯や電気に使っています。この食由来の自然エネルギーと資源循環が広がるには、副産物である消化液が新たな地域資源として農業で利用される必要があります。初めて取り組んだ昨年は、たくさん田んぼに入れてしまったこともあって山田錦が倒れてしまいました」
「今年は、私も参加する『地エネと環境の地域デザイン協議会』の農家も消化液を使った栽培を始めました。感じるのは、新しい価値やイノベーションのためのパートナーが出合う場の重要性です。地エネは蔵元、農家から酪農家、生協までつながる場となっている。灘伝統の蔵元と農家との村米制度もSDGsに生かせる仕組みと言えます。日本酒は、田んぼから飲む人までを結ぶ新しい経済の形を、分かりやすく伝えることができると感じています。そうした役割を担うお酒を造りたいですね」
■キーワード「地エネと環境の地域デザイン協議会」
エネルギーと環境の視点で新しい地域や経営のデザインを考えるためのプラットフォーム。今月31日の2020年度第1回協議会では、公益財団法人自然エネルギー財団副理事長、末吉竹二郎さんの基調講演(オンライン)などがある。
【やすふく・たけのすけ】1973年神戸市生まれ。神戸酒心館は、環境配慮の経営でエコプロアワード財務大臣賞を2019年受賞。地エネと環境の地域デザイン協議会の日本酒分科会に所属する。









