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故郷姫路について話す高田賢三さん=東京都中央区(2010年撮影)
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故郷姫路について話す高田賢三さん=東京都中央区(2010年撮影)

 ファッションブランド「KENZO」の創業者で、世界的デザイナーの高田賢三(たかだ・けんぞう)さんが4日、新型コロナウイルス感染のため、パリ郊外の病院で死去した。81歳。姫路市出身で、故郷への強い愛着で知られた。

 「僕の古里は日本で一番美しいお城のある街」。高田さんは、出身を問われると決まってそう答えた。25歳でパリへ渡り、世界のモードを一新したKENZO。比類ないセンスは、伝統的な美意識が日常に溶け込んだ姫路の地で育まれた。

 生家は姫路城北東の野里地区。芸者の行き交う花街で、7人きょうだいの三男として育った。1945年夏の姫路空襲で自宅が焼失するなど、戦争の爪痕が残る時代だったが、小学校に上がると宝塚歌劇に熱中。姉たちの影響で少女雑誌も読みふけり、繊細で女性的な感覚を磨いた。

 姫路西高校では勉学に励む一方、姫路市内に増えてきた映画館に通い、欧米の生活文化に憧れた。長姉の通う神戸の洋裁学校を志したが、男子生徒は入れず、57年に神戸市外国語大学2部(夜間)へ進学。昼は神戸の貿易会社で働いた。

 翌春、東京の文化服装学院が男子にも門戸を開いたと知り、大学を中退して上京。同級生には、後に世界的に活躍するコシノジュンコさん、松田光弘さん(ニコル創業者)、金子功さん(ピンクハウス創業者)らがおり、「花の9期生」と称された。

 渡仏後も播州人らしい反骨精神で、ケンゾーカラーと呼ばれた鮮烈な色彩やフォークロア調のデザイン、動物の登場するショーなどを次々に展開。70年代の世界的な反体制文化の波にも乗り、ジャンポール・ゴルチエら、多くの著名デザイナーに影響を与えた。(平松正子)

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