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■オリジナル 幻の東京五輪を前に、眉仙が描いた「富士五湖」(1936年、姫路市立美術館蔵)
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■オリジナル 幻の東京五輪を前に、眉仙が描いた「富士五湖」(1936年、姫路市立美術館蔵)
■戦後の作品 眉仙が戦後、同じ構図で描いた「富士五湖図」(1947年、姫路市立美術館蔵)
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■戦後の作品 眉仙が戦後、同じ構図で描いた「富士五湖図」(1947年、姫路市立美術館蔵)
福田眉仙
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福田眉仙

 戦争などの影響で幻となった1940(昭和15)年の東京五輪に向けて、兵庫ゆかりの日本画家、福田眉仙(びせん)(1875~1963年)が制作した連作絵画の一つ「富士五湖」が、兵庫県姫路市立美術館(同市本町)で展示されている。訪日外国人に、日本の自然美や魅力をアピールしようとした力作で、戦前の日本人の「おもてなし」の精神や祖国愛を伝える。(堀井正純)

 眉仙は現在の相生市出身で、兵庫画壇の重鎮として活躍。「支那三十図巻」など、写生を重視した南画風の作品を数多く残した。

 「富士五湖」は36年に筆を執った金地のびょうぶ絵。同館で開催中の「福田眉仙展」に出品されている。日本のシンボル、富士山が雲上にそびえる雄大な姿、周囲の山々や湖を大画面に活写する。

 当時日本では国立公園12カ所が指定されたばかり。アジアで初の五輪開催に国内は盛り上がっており、眉仙は各公園の風景を12点の連作びょうぶに仕立て、展覧会で外国人らに紹介することを計画。37年までに「富士五湖」「十和田湖」「黒部渓谷」の3点を完成させたことが分かっている。「東京五輪は紀元2600年に合わせたもので、眉仙には、日本の偉大さ、素晴らしさを発信したいとの思いもあったのだろう」と同館の高瀬晴之学芸員。

 だが日中戦争などの影響で38年、日本は五輪開催を返上。連作を大勢の訪日旅行者らに見せるという眉仙の夢はかなわなかった。太平洋戦争による混乱もあって、「十和田湖」「黒部渓谷」は所在不明に。「富士五湖」も戦災で焼失したと考えられ、眉仙は戦後、ほぼ同じ構図で再制作した。

 そのびょうぶ絵を同館は所蔵していたが、戦前のオリジナル作が現存していることが2007年に判明し、購入。今回、同館は新旧の「富士五湖」を初めて同時に公開した。

 新型コロナウイルス禍が続く中、「幻のオリンピック」ゆかりの絵を前に、同館関係者は「来年の東京五輪が無事開かれることを祈っている」と話している。

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 同展では約80点を展示している。11月15日まで。月曜休館。同展は10月27、28日休み。一般800円ほか。同館TEL079・222・2288

【紀元2600年】1940年が、初代天皇の神武天皇の即位から2600年の節目とされ、国内でさまざまな祝賀行事が催された。東京五輪、東京万博も招致されたが、日中戦争激化で、五輪は開催を返上、万博は延期(実質中止)となった。

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