■自責の念
堤将太君が住宅街で何者かに襲われ、死んでから、父の敏さん(61)、母の正子さん(63)は食事が全く喉を通らなくなった。
近所の人が「差し入れ」としてごちそうをたくさん届けてくれた。ありがたい。心から感謝した。だが、敏さんが口にしたのは、数え切れない本数のたばこと水、胃薬だけだった。
一日中、家にいた。頭の中を巡るのは、自責の念ばかりだった。
〈どうしてあの時、外出する将太を止めなかったのか〉
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ボタン一つ、掛け方を変えるだけで、将太は事件に遭遇しなかった-という思いが父を苦しめた。
直前の対応だけではない。「ああしておけば」との後悔は、半年、1年前までさかのぼった。
将太君は大の野球好きだった。中学ではチームの中心選手として活躍した。高校は甲子園の出場経験もある神戸弘陵に進学した。
だが、チームには兵庫県内各地、全国から集まった有望選手がいる。「卒業まで球拾いを覚悟してくれ」と言われ、あれだけ好きだった野球をあきらめてしまった。
〈なんとか野球に打ち込めていたら、あの夜、友だちと会うこともなかったのでは…〉
野球センスを買われ、軟式野球部からも勧誘されていた。だが、熱心に勧めてくれた監督が転勤し、話は立ち消えになった。
ラグビー部にも誘われていた。ラグビーが好きだった父は「いいやん、やってみたら」と勧めたが、「ルールが分からん」とにべもなかった。
細身で小柄だが、俊足だった。バックスで活躍する姿を見てみたかった。
〈あいつは素直だから、もっと本気で勧めたら、挑戦したかもしれん…〉
堂々巡り。朝からずっとリビングの床に座っていたことに、夜、帰宅した次女が声をかけるまで気づかないこともあった。
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事件後、堤家には考えられない数の人が訪れた。
各社の記者、警察官、霊媒師を名乗る人物まで現れた。「霊視」で犯人の居所を探るらしい。怪しげな誘いには乗らなかった。
各社の記者は顔を合わせるたびに「今の心境」を聞いてきた。
息子がスポーツ大会で優勝したわけでもないのに、なぜ「心境」を聞きたがるのか。子を亡くした親の気持ちは「ただ悲しい」「どうにか生き返ってほしい」しかないのに。
たまらず玄関に監視カメラを付けた。他人が怖かった。(西竹唯太朗)











