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戦後75年の節目に、姫路へ帰ってきた日章旗を見つめる岡本明さん(左)と四男崇宏さん=姫路市本町
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戦後75年の節目に、姫路へ帰ってきた日章旗を見つめる岡本明さん(左)と四男崇宏さん=姫路市本町
米国に保管されている日章旗。「戸谷隆」さんの名前が記されている(高知新聞社提供)
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米国に保管されている日章旗。「戸谷隆」さんの名前が記されている(高知新聞社提供)

 太平洋戦争の戦利品として米軍が持ち帰った日章旗が近年、日本の遺族に相次ぎ返還されている。戦地へ向かう兵士を思い、友人や身近な人が寄せ書きして贈った国旗で、昨年度は全国で86枚、戦後75年の本年度は10月末までに40枚が届けられた。一方、米国内には戻すべき相手が見つかっていない旗が今なお多く、保管主が関係者を探す動きも出ている。(田中宏樹)

 「多くの人の思いやりと努力で遺品が戻ってきてありがたい」。兵庫県姫路市内で10月下旬、伯父の名前が記された旗を受け取った岡本明さん(64)は目を潤ませた。旗には無事を祈る「武運長久」のほか、「連戦連勝」「無敵皇軍」といった言葉がしたためられていた。

 旗の返還は日本遺族会(東京)が中心となって取り組む。同会は2013年から、米オレゴン州を拠点に日本兵の遺品を遺族に届けている団体「OBONソサエティ」と協力。日本各地の遺族会とも連携し、同団体に寄せられた旗の返還先を探している。

 その結果、13年8月からの約5年間で90枚が遺族の元に戻った。さらに国が事業を予算化し、遺族会に調査を委託した18年6月以降は148枚に上り、返還のペースが上がっている。兵庫県内では16年以降、7枚が届けられた。

 戦争で父親を失い、遺族会会長を務める水落敏栄(としえい)参院議員(比例)は「遺族にとって戦後75年が経過して遺品が戻ることはこの上ない喜び」とする。

   ◇

 一方、OBONソサエティが09年の活動開始から受け取った旗のうち、約1100枚は返還先が分かっていない。同ソサエティは「数字は氷山の一角。ほかにも多くの旗が米国内外に残っている」との見方を示す。

 実際、米北東部のマサチューセッツ州では、1854年の日米和親条約締結に尽力したジョン万次郎のゆかりがある記念館に、100人ほどの寄せ書きがある旗が保管されていた。地元住民からの寄贈品に紛れて長くそのままになっていたが、整理作業をしていた現地スタッフが最近になって見つけたという。

 旗を贈られたのは「戸谷隆」さんとみられ、寄せ書きをした人の中には「田路」「貝藤」などの名字があった。遺族を探すため、万次郎の出身地にある高知新聞社が記事で情報提供を呼び掛けたところ、読者から「姫路市の3代前の市長が戸谷姓。書かれている名字も兵庫に多いのでは」との声が寄せられた。

 ただ、播磨や但馬にゆかりのある戦没者をまつる「姫路護国神社」(姫路市本町)には氏名が一致する記録はないという。万次郎に詳しく、記念館の館長から相談を受けた北代淳二さん(88)=東京都=は「旗の持ち主や関係者が見つかり、万次郎のように日本に戻ってほしい」と願う。

 戸谷隆さんに関する情報は神戸新聞姫路本社(TEL079・281・1125、himeji@kobe‐np.co.jp)へ。

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