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探検家でノンフィクション作家の角幡唯介さん=神奈川県鎌倉市
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探検家でノンフィクション作家の角幡唯介さん=神奈川県鎌倉市
著書「極夜行」
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著書「極夜行」

 情報技術が発達し地図の空白部がなくなった21世紀に、なぜ命懸けの冒険に出掛けるのだろうか。探検家でノンフィクション作家の角幡唯介さん(44)は、これまで多くの人から同じ質問を受けてきたという。太陽が昇らない厳冬期のグリーンランド北部を80日かけて歩いた「極夜行」。ヒマラヤ山脈を南北に貫く大峡谷・ツアンポーの未踏部に挑んだ「空白の五マイル」。いずれも文字通り命を懸けて著し、高い評価を受けた作品だ。冒頭の質問には長年、返答に窮してきたそうだが、最近、自身の中でようやく答えが明確になったという。高校時代から登山に打ち込んできた同世代の探検愛好家の一人として、角幡さんに冒険に挑む意味を聞いた。(古根川淳也)

 -「極夜行」では、4カ月も続く長い夜の後に昇る太陽を見るため、氷点下50度の氷と闇の世界を一人で旅しました。不条理な境遇を生き抜き、人間の根源について思索が深まったようですね。

 「暗いし寒いし、孤独だし、どうしても内省的になる。極夜といっても、客観的にはただ暗いだけです。そういう状況を題材に作品を書くには、自分の内側に極夜がどう現れるかを知る必要があった。今まで旅した人はほとんどなく、僕が何を感じ、どう書くかによって、極夜がこの世界にあらしめられるという意識はありました。太陽の代わりに月を頼るしかなく、その弱い光で周囲との距離感を誤り『だまされた』と頭にくる。そんな感覚は東京ではありえない。星や月や太陽と人間はどんな関係があるのか、始原的なことが知りたかった」

 -40代の前半に「人生最大」と位置づけた旅を完遂しました。得たものも大きかったのでは?

 「大きかったのは得たものではなく、失ってしまったものです。夢中になれるものが終わってしまいました。だんだん空が明るくなるにつれ、極夜が終わる喪失感があった。得たものをあえて言えば、北極の旅をもっと突き詰めたいという次の方向性でしょうか」

 -次は犬ぞりを使った「狩猟漂泊」が目標とうかがいました。極夜行やツアンポーのような目的を設定する探検とは少し違いますね。

 「今までは社会や時代のシステムの外に出たいと強く考えていました。その観点で言えば、極夜行以上のものはできません。次は、もっと中身のあることがしたいと思った。犬ぞりで旅するには犬の餌を取る狩りの技術が必要だし、狩りをするには土地の知識が必要になる。この冬もグリーンランドに行きますが、トータルな極地旅行の技術を高め、その結果としてより遠くの場所に行けたら、と思います」

 -地図の空白部がなくなった時代、探検の存在意義を求めれば深掘りに至る、と?

 「一回の探検でできることは、たかが知れています。ちょっとした達成感を味わって次に行くより、どこかに深く根付いて知識や技術を身に付け、自分でできることが広がっていく方がいい、と今は思っています。未踏峰に登ることが価値のある時代もあったが、今はそういう場所で行きたい所はない。もっと深みを持たせた方が面白い。自分だけの地図やシステムをつくり上げたい」

 -近著「そこにある山」を読むと、結婚も冒険も、突き動かされる根底には偶然があると書かれています。家庭を持って、内面がより自由になったとも。どんな心境なのですか。

 「僕の場合、探検は『思いつき』が原動力になっています。過去の経験と現在の偶然の相互作用で次の探検を思いつくと、とらわれてしまって逃げられなくなる。自分の意思を超えたこの流れに、『事態』という概念を当てはめると、うまく説明できる。結婚にしろ冒険にしろ、偶然を受け入れ、事態にのみ込まれたことで今に至っている。その過程は僕にしか起こりえず、唯一の足跡だからこそ僕の固有の人生で、自律的な生き方だと言えます。他人や世間の考え方より自分の考え方とか信念、内在的なモラルによって行動を判断できている。その意味で自由になったと思います」

 「今年、『探検は社会の役に立つか』という議論が話題になりました。社会の役に立つという価値観で自分の道を決めると、その人生は外側からの要請で転がり、自分の内在からは生み出されない。それでは借り物の一生で終わってしまう。大学を卒業して、ヒマラヤのツアンポーに行ったのは、自分探しのためでした。何も経験していない空虚な自分がいて、『オレはこれをやった』というものが欲しかった。行かないのは自分に弱さがあるからで、死ぬ時に後悔するのが分かり切っていた。その探検で北極行きを思いつき、北極に行って犬ぞりの狩猟漂泊を思いついた。自分固有の未来が開け、人生の完成度が高まりました」

 -兵庫県出身の冒険家、植村直己さんも北極圏で活躍しました。植村さんはどのような存在ですか。

 「通っている場所も、犬ぞりも一緒ですから、やはり意識しますね。植村さんができなかったことをやりたいと思います。植村さんは北極点到達やグリーンランド縦断など、あの時代に残された課題をやり尽くした人。近代的な地理的探検の最終世代です。どこかに到達しようとしても植村さんが最初にやっているから、違う視点で北極の犬ぞりの旅ができないかという意識がある。それが狩猟漂泊です。長年通うことで地域に詳しくなり、行ける面積を広げていきたい」

 -植村さんは43歳で消息を絶ちました。角幡さんは44歳です。冒険と死をどう考えますか。

 「北極に関して言えば、山と違って墜落がないから危険性は少ない。考えられるのは、氷河のクレバスに落ちる、シロクマに襲われる、犬に置き去りにされるなどです。どれも交通事故のようなもので、起きたら仕方がない。性格的に楽観的でいいかげんというのもあるが、死はあまり意識していません」

 -近年はリスク管理に厳しい世の中です。探検家としてこの風潮をどう見ますか。

 「冒険は本人の良心の問題です。危ないと分かっていてもやりたいのであれば、それを止めるのは自由を侵害することになる。冒険にしろ何にしろ、やった者にしか分からない喜びや面白みがあるのに、やらない方が得する社会になっていると思う。目くじら社会とも言うが、集団をまとめる慣習や規律から外れるものを感情的に否定する風潮を感じます。このままではダイナミズムに欠けた、多様性のない貧困な社会になっていくと危惧します」

     ◇

【かくはた・ゆうすけ】1976年北海道生まれ。早稲田大政治経済学部卒。同大探検部OB。元朝日新聞記者。2002年と09年にツアンポー峡谷を探検。11年から北極に通う。神奈川県鎌倉市在住。

     ◇

〈ひとこと〉角幡さんの仕事部屋は天井まで本がぎっしり。会話には豊富な知識に裏打ちされた深い思索がちりばめられ、哲学者のようだ。探検家という希少な生き方の中に、人が生きる意味を問う普遍の価値観を感じた。

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