単行本の累計発行部数が1億部を超えるなど、社会現象を巻き起こしている人気漫画「鬼滅の刃(きめつのやいば)」。新型コロナウイルス禍でも止まらぬ快進撃の影で、起きているのがインターネット上でのグッズの高額転売だ。4日に発売された最終巻23巻には、予約限定生産のフィギュア付き「特装版」(定価税抜き5200円)があり、大手通販サイトでは2倍以上の値段で転売されるほど高騰。一方で鬼滅ファンの一人である私は店頭発売当日、職場近くのコンビニで普通に定価で特装版を入手できた。人気商品が生まれる度、消費者を困惑させる高額転売。この狂騒は何なのか。(那谷享平)
鬼滅の刃は、大正時代、家族を「鬼」に殺された竈門炭治郎が、生き残って鬼と化した妹を人間に戻すため、鬼と闘う物語。
主人公の成長を描く王道の少年漫画だが、敵である鬼たちの心理も丁寧に描かれており、さまざまな世代のファンを獲得している。
かくいう私(30代)も、鬼たちの悲しい過去を涙しつつ読んだ一人だ。
最終巻の23巻の発売日は12月4日だが、11月の時点で既に通販サイトでは予約で完売していた。23巻には主人公らのフィギュア4体が同封された「特装版」もあるが、これは受注生産品で、集英社の発表によると、6月時点で予約が締め切られている。
動くのが遅かったか…。特装版はともかく、単行本だけでも確保できないものかと、複数の通販サイトを行き来していると、すぐにある現象に気付いた。グッズの高額転売だ。
大手通販サイト「楽天市場」を見ると、特装版が発売前にも関わらず定価の2倍以上の1万1980円で出品されていた。
「アマゾン」でも8100円の値が付いている。予約で商品を確保した転売業者が、自身の手元に届くのを待たずにネット上で“予約転売”しているとみられる。衣料品大手が販売したTシャツが転売の対象になっているのも確認できた。
こうした業者は主にネットで「転売ヤー」などと呼ばれ、転売目的の買い占めがファンらから怒りを買っている。鬼滅グッズの場合も、通販サイト上にあるコメント欄では怒りの声が散見された。
定価の倍額を提示されてしまっては迷いも生じる。私は、ひとまず発売日を待つことにした。
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そして12月4日。仕事の昼休みにふと神戸市中央区内にあるコンビニに入った。
「あれ? あるやん…」
普通に陳列棚にずらっと並んでいる。それも特装版の方が-。事前にネットの高額転売を知っていただけに、肩すかしを食らった気分だった。
その場で一つ購入し、仕事を終えて自宅で読んだ。物語の結末を目の当たりにし、私は感動して震えた。読後、余韻に浸りつつ付属フィギュアを眺めていると疑問が浮かんだ。高額転売される商品を普通に店頭で買えたのは、単に幸運だったのだろうか。
調べてみると、実はこれ、書店やコンビニなどが需要を見込んで店として多めに予約した分や、購入がキャンセルされた分が店頭で売られていたようだ。
SNS上の投稿を調べると、自分と同じように店頭で簡単に入手できた人もいたらしい。同時に、フリマアプリ「メルカリ」やオークションサイト「ヤフオク!」では、23巻特装版の出品者が無数に登場していた。定価で販売する店舗と、ネット上での価格高騰が併存する状況は、少し不思議に思えた。
これまでも人気商品が出る都度、議論になってきた高額転売。疑問を解消すべく週明けの7日、近畿大学経済学部の佐々木俊一郎教授(行動経済学)に話を聞いた。
「経済学の観点から見れば、転売自体は必ずしも悪とは言えません」
佐々木教授の指摘にいきなり驚いたが、その後の説明に納得する。同教授によると、商品の価格というのは買い手がその商品をどれほど欲しがっているかの指標で、転売により高いお金を払ってでも欲しい人に商品が届くようになる働きがあるという。絵画のオークションなどがその例だ。
確かに私のように予約締め切り後に特装版の存在に気付き、「もう手に入らない」と思っていた人には、ネット上での転売が残された入手方法だっただろう。私の場合は半ば諦めていたところ、たまたま入った店舗で特装版を見つけられた。
近年はインターネットを介した個人間の売買が普及し、高額転売を目にする機会も増えた。佐々木教授も「確かに経済学的には悪ではなくても、倫理的に問題となるケースはある。『買い占めをした転売ヤーだけがもうかっている』と反感を抱くのも理解できる」と話す。
それでも、新型コロナ感染拡大時のマスクやワクチンなどの例外を除けば、自由な取引を保障する社会で、趣味の色合いが強い商品の転売をむやみに規制するのは現実的ではないという。
「そのコンビニ、今日もまだ商品は残っていますか?」。取材の際、佐々木教授にこう問われた。確かめようと7日夕、もう一度同じコンビニに行ってみた。残り一つだが、特装版はまだ売っていた。
転売は、売れなければ在庫を抱えるリスクを伴う行為。需要に対して供給量が多ければ、価格は自然と下がっていく。実際、7日夕に「メルカリ」などを再び確認すると、特装版の転売価格は7千円程度にまで下落していた。発売前後の“バブル”が徐々に落ち着きつつある印象だ。当然、出品者の利益も減る。
佐々木教授によると、販売側などによる買い占め対策の余地はあるが、消費者がまずできるのは「購入できる場所や時期について、しっかり情報を集めておくこと」だという。私もネットの値段にばかり振り回されないようにしたい。