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人工呼吸器の使用に「希望する」とチェックされた本人の意思確認書
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人工呼吸器の使用に「希望する」とチェックされた本人の意思確認書

 新型コロナウイルス患者の80代男性に人工呼吸器を使うかどうか、病院側が娘に7回も確認したとの本紙記事(昨年12月31日付で朝刊、ネットに掲載)を巡り、会員制交流サイト(SNS)などでさまざまな意見が飛び交っている。病床逼迫を示す一例と重く受け止めた人が多い一方、「高齢者の命の価値は軽くて当たり前」「高齢者は予後が悪いってわかってるし、医療リソース逼迫してるんだから当然」といった声もあった。コロナ禍前から病院現場を回ってきた医療担当記者として考えさせられた。

 この取材は、コロナ遺族となった人の思いを伝えるため、関係者をたどって記者側から依頼した。亡くなった男性の娘に当たる50代女性は、病院とのやりとりを、日時や話した相手の名前も添え、逐一手帳に記録していた。取材は4時間以上に及んだ。

 記事に対する意見を読んで、まず頭に浮かんだのが「治療と延命の境界線」という問題だった。高齢者に人工呼吸器を着けると、呼吸器依存に陥ったり、外れても寝たきりになったりするリスクがあるのは、医療担当として知っていた。そのため、心肺蘇生を求めない意思を示す「蘇生措置拒否(DNR)」が、本人や家族にとって大きな選択肢の一つとなり得ることも理解している。

 しかし本来それは、あらゆる「治療」を施した末の「延命」に論点が移る終末期や、命の瀬戸際で一刻を争う救急現場で示される意思ではないか、と考える。

 記事の男性の場合、リハビリ目的で入院していた病院でコロナ感染が判明した。男性の娘は、その直後に初めて呼吸器を使うかどうか確認され、使用を希望した。患者である男性本人に直接確認した病院の職員は「(男性は)即答で使用希望だった」と娘に伝えたという。

 男性はその5日前にあった医師との面談で「1カ月後に退院できる」と言われていたこともあり、治療への期待を強く持っていたことがうかがえる。残された本人による呼吸器の意思確認書にも「使用希望」に印が入っていた。

 SNSでは医療現場における高齢者の呼吸器使用に懐疑的な意見もあったが、記者が昨年12月下旬にルポ取材した神戸市内のコロナ治療の拠点病院では、ペースメーカーを使用している80代の重症患者にも装着していた。無論、人工呼吸器につなげるだけで治癒するわけではない。しかし医師らは、可能性を信じて治療を続けていた。

 一方、兵庫県内の別の病院では、「重症コロナ患者を治療する態勢が十分でないので、DNRを積極的に取りにいく場合もある」と話す医師もいた。その病院では、DNRとなったコロナ患者は、「重症」ではなく「中等症」として県などに報告しているという。

 「DNRを取りにいく」と話した医師も当然、患者を救いたいとの思いを持っている。記事に書いた病院も結局、呼吸器を着ける重症対応病院に送っている。亡くなった男性は、娘が記録していた呼吸器装着までの酸素量を聞く限り、装着の時期が命を左右したのではないと思われる。

 しかし、病床状況や年齢など要因が複数あったとしても、自らは呼吸器を原則扱わない中等症対応病院などから7回にもわたって呼吸器を使うかどうか確認され、「年齢もお高い」などと暗に使用断念を迫られた患者家族の心痛はどれほどだろうか。SNSでは、こんな意見も目に入った。「私が同じ立場でも、人工呼吸器はいらないとは言えない。いくら親であっても、その『業』を一生背負うのは重すぎる」

 病院や高齢者施設で、クラスター(感染者集団)が次々と発生している。コロナと無関係の理由で入院・入所していた高齢者が感染し、その家族が突然、人工呼吸器を巡る厳しい選択を突き付けられるケースは、記事のほかにも多くあるだろう。そのとき、誰しもが「もう高齢だから」との理由で、家族との“別れ”を後悔なく選べるだろうか。

 医療体制は厳しさを増している。限られた人工呼吸器を優先配分する患者を「選別」せざるを得ない事態になれば、立場の弱い人から順々に「切り捨て」られていく恐れもある。たとえ「きれい事」と言われようと、報道は、そういった人々に寄り添う視点を忘れてはいけないと考えている。(霍見真一郎)

【12月31日付の記事はこちら】人工呼吸器使っちゃいけないのか 病院に暗に断念迫られ コロナで死亡の高齢男性

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