兵庫県尼崎市内にある商店街の一角に、青いひさしが目を引く昔ながらの本屋がある。「小林書店」(同市立花町2)。地元では「コバショ」の愛称で親しまれる。26年前の阪神・淡路大震災で店が半壊。多額の負債を抱えたが乗り越え、昨年には店を巡るさまざまな逸話が相次いで小説や映画になった。名物店主の小林由美子さん(71)は「震災が人生の転機やったな」と振り返る。(村上貴浩)
同書店は1952年、由美子さんの両親が創業。由美子さんは幼い頃から経営の厳しさを間近で見てきたが、79年に夫の昌弘さん(75)と店を継ぐと決めた。
95年1月17日。店舗2階の自宅で寝ていた夫妻は大きな揺れに襲われた。重さ数十キロの和だんすが1回転するほどの激震。家族にけがはなかったが、店の北側の壁は全て落ち、中が丸見えになっていた。それでも昌弘さんに「取引先に電話しろ。心配かけたらあかん」と言われ、由美子さんは公衆電話の長蛇の列に並んだ。
「店を開けよう」。昌弘さんの言葉でシャッターを開けると、次々に近所の住民が集まってきた。「怖かったな」「あんたは大丈夫?」。互いを思いやる光景に、由美子さんは人のつながりの大切さを実感した。「取引先への電話も、店を開けたことも、夫は『どんなときでも相手を思いやる』ということを教えてくれたんやと思った」
ただ震災前から経営は厳しく、店の修理費も重なって大きな負債を抱えた。そんな時、偶然手にした雑誌にあった、傘メーカー社長の言葉が由美子さんの目に飛び込んできた。「日本中の人に安くて良い傘を持ってもらいたい」。客を思う気持ちに共感し、すぐにメーカーに問い合わせた。
担当者に「傘屋ですか」と聞かれ「本屋です」と答えると、相手はしばし絶句した。だが持ち前の話術を発揮してフリーマーケットでも傘を売り、最初に仕入れた250本を上回る450本以上を3カ月ほどで売り切った。本と傘の両輪で店の経営も軌道に乗った。
それから26年。今も毎日、昌弘さんと娘と3人で店を開ける。コロナ禍で現在は休止中だが、店で書評合戦「ビブリオバトル」を開くなど、地域のつながりをつくる催しや、震災を語り継ぐ活動にも取り組む。「震災の時に人のつながりを実感し、相手を思いやる気持ちを学んだから、今の小林書店がある」。由美子さんは笑顔でそう話す。
話し好きな由美子さんが語るエピソードは多くの人を魅了し、昨年12月には、ドキュメンタリー映画「まちの本屋」(大小田直貴監督)が東京で公開された。時を同じくして、商売哲学などを物語仕立てで書いた小説「仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ」(川上徹也著、ポプラ社刊)も出版された。
16日には、店頭でトークイベント「尼崎のまちの本屋で阪神淡路大震災を語る」を開く。阪神・淡路の被災者を支援する神戸市のNPO法人「よろず相談室」理事長の牧秀一さんらと被災当時のエピソードや思いを語り合う。午後1時から。オンライン配信もある。同書店TEL06・6429・1180
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