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ドライバーとして乗車していた安井義政さん=京都府長岡京市、帝産観光バス京都支店
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ドライバーとして乗車していた安井義政さん=京都府長岡京市、帝産観光バス京都支店
阪神高速神戸線から間一髪、落下を免れたバス=1995年1月17日午前、西宮市内(安井さん提供)
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阪神高速神戸線から間一髪、落下を免れたバス=1995年1月17日午前、西宮市内(安井さん提供)

 26年前の1月17日早朝。阪神・淡路大震災で倒壊した阪神高速神戸線で前輪が宙に浮き、辛うじて高架部分に踏みとどまったバスの写真は、日本中に大きな衝撃を与えた。ドライバーの一人として乗車していた帝産観光バス(本社・東京)京都支店の安井義政さん(59)は「偶然が重なって(車体が)踏みとどまった」と振り返る。(太中麻美)

 冬のスキーシーズンで、毎日のようにゲレンデへのバスが運行されていた。安井さんは先輩ドライバーと2人一組で、14日夜に信州へ向け出発。16日夜、関西への帰路に就いた。

 大津、京都、大阪で乗客の大半が下車し、最後のバス停となる神戸へ向かった。車内には女性客3人と先輩、自分の計5人。先輩がハンドルを握り、安井さんは隣の席に座っていた。

 突然ドン、と衝撃が走り、空がフラッシュをたいたように光った。その後は上下左右に激しく揺さぶられ、目の前には空と高速道路の路面が交互に飛び込んできた。「ブレーキが利かない」。先輩が叫んだ。

 バスが止まると、目の前の道路がなくなっていた。対向車線のトラックが高架から地面に落下し、炎上している。自分たちのバスは、車体下のエンジン部が道路にひっかかっていた。「乗客がもっと多ければ、ブレーキが利きづらくて落下していたかもしれない」と安井さん。乗客と後部の非常ドアから車外に出ると、周辺のあちこちで火の手が上がっているのが見えた。

 高速道の非常階段から地上に降り、公衆電話から支店に電話し状況を説明したが、宿直の社員に「そんなはずないやろ」と返された。京都には情報が伝わっておらず、にわかには信じてもらえなかった。先輩とコンビニで使い捨てカメラを買い、現場近くの地上からバスを撮影した。周囲にはガスの臭いが漂っていた。

 まず大阪まで戻ろうとタクシーを探し回り、昼すぎに大阪の淀屋橋までたどり着いた。わずか十数キロ離れただけの大阪の街では、普段通りに人が行き交う。飲食店で昼食を取り、京都行きの私鉄に乗った。乗客の男性が手にした夕刊に、自分たちのバスの写真が大きく掲載されていた。「僕たちこれに乗ってたんですよ」。そう話すと驚かれた。

 京都の支店まで帰り着いたのは夕方だった。「よく無事だった」。同僚に迎えられ、号泣している社員もいた。

 その後、「落ちないバス」に乗務していたことが広まり、修学旅行を担当した際には、先生から声を掛けられて生徒に体験談を語ったこともある。コロナ禍を受けて同社が企画した「オンライン修学旅行」では、人と防災未来センター(神戸市)を訪れ、バスガイドからのインタビューに答える形で当時の様子を語る。

 「語れるのは無事だったからこそ」と安井さん。「あんなひどいことが、二度と起きてはいけない。震災をもっと全国の人に知ってもらえるよう、会社にいる限りは伝えていきたい」と話す。

【特集ページ】阪神・淡路大震災

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