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ナースステーションと病室を隔てたビニールには「マスクは絶対外さないでください」と書かれた張り紙がされていた=加古川市米田町平津、フェニックス加古川記念病院
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ナースステーションと病室を隔てたビニールには「マスクは絶対外さないでください」と書かれた張り紙がされていた=加古川市米田町平津、フェニックス加古川記念病院
廊下の中央に机などで作られたバリケード。病棟の3階を感染の有無でゾーンに分け、防護服を着た職員がケアした=加古川市米田町平津、フェニックス加古川記念病院
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廊下の中央に机などで作られたバリケード。病棟の3階を感染の有無でゾーンに分け、防護服を着た職員がケアした=加古川市米田町平津、フェニックス加古川記念病院
廊下の中央に机などで作られたバリケード。病棟の3階を感染の有無でゾーンに分け、防護服を着た職員がケアした=加古川市米田町平津、フェニックス加古川記念病院
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廊下の中央に机などで作られたバリケード。病棟の3階を感染の有無でゾーンに分け、防護服を着た職員がケアした=加古川市米田町平津、フェニックス加古川記念病院
神戸新聞NEXT
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 入院患者15人と職員10人が新型コロナウイルスに感染した兵庫県加古川市のフェニックス加古川記念病院。高齢者のリハビリ病院で呼吸器や感染症の専門医がいない中、同時に最大12人のコロナ患者の治療を迫られた。PCR検査をすり抜けて後日、陰性者からも感染が相次いだ。現場への誹謗中傷に職員は心を痛めた。陽性患者が増える一方、対応する看護師らにも感染が広がり、病院関係者は「野戦病院のようだった」と振り返る。

 始まりは昨年12月23日。70代の男性患者が37度8分の熱を出し、陽性が確認された。病院を運営する医療法人社団一功会の平井昭博理事長は「コロナ対応病院に転院させ、本来のように濃厚接触者を管理できれば良かったが、(搬送先の)病床が逼迫し、かなわなかった」と振り返る。

 阪神・淡路大震災時に神戸大病院の救急医だった平井理事長は、感染した患者を院内「留め置き」でケアすると決意した。しかし、同病院にはリハビリや外科の医師はいるが、呼吸器内科もなければ、感染症にたけたスタッフもいない。方針を聞いた西久代看護部長は身構えた。

 兵庫県加古川健康福祉事務所が一斉PCR検査を実施したところ、感染は3階に限られていた。西看護部長らは3階で、陽性が判明した患者のベッドを移し「レッド(感染)ゾーン」をつくった。認知症があるコロナ患者が病室を出て、非感染者の病室に近づくのを見て、机などでバリケードも設けた。感染した患者15人のうち、認知症があったのは10人だった。

 ところが、PCRで「シロ」だとされた患者が、次々と発熱。陽性が判明し、さらに移動させた。

 「感染患者」「疑い患者」「清潔」の3ゾーンに分けた3階で、職員は防護具を脱ぎ着してケアした。松田正裕・院内感染対策委員長は「同じフロアなので、隔離しているようで厳密に隔離できていないのがジレンマだった」と話す。

 元々リハビリ病棟としての人員配置しかないため、感染者を含めた3階の最大36人を、日勤は5~6人、夜勤はわずか3人のスタッフでみた。激務で「職員がだんだん能面のような顔になっていった」と西看護部長。職員の感染も計10人に及び、外来などから職員3人が応援に入った。1月に入っても感染が連日判明し、「無症状の感染者がいる」とパニックになった看護師もいた。

 患者4人が重症化し、3人が同病院で、1人は転院先の病院で死亡した。3人が退院できた。他階に感染者は出なかったが、クラスター(感染者集団)が発生したと報道されると、病院の電話が鳴り続けた。健康福祉事務所に許されて外来を継続したのに、「これで感染が広がったらおたくらの責任やで」と脅す人もいた。誹謗中傷の電話は70~80件。介護タクシーに搬送を断られた患者もいた。心が折れた複数の職員から辞職願が出たという。

 平井理事長は「年末年始に泊まり込みでケアに当たった職員が“盾”になって、ほかの階への感染拡大が防げた。どこの病院でも施設でもクラスターはありうる。行政にも限界があるとは思うが、患者を留め置く場合は人的サポートがあると助かるはずだ」と指摘している。(霍見真一郎)

【特集】目で見る兵庫県内の感染状況

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