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神戸大大学院国際文化学研究科の正田悠助教=神戸市灘区、神戸大学
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神戸大大学院国際文化学研究科の正田悠助教=神戸市灘区、神戸大学

 「やっぱり生の舞台を見てほしい」。コロナ禍によって公演の機会を失った演劇・音楽関係者から、そんな言葉を何度聞いただろうか。それは観客の立場でも同じことだ。公演やコンサートのオンライン配信は珍しくなくなったが、劇場や音楽ホールで見るのに比べると何かが足りないと感じる。生の舞台-ライブの魅力とは、いったい何だろう。「演奏科学」という学問領域で、人間の表現を科学的に解明しようと取り組む神戸大大学院国際文化学研究科の正田悠助教(35)に話を聞いた。(溝田幸弘)

 -「演奏科学」。耳慣れない言葉ですが、どんな学問なのですか。

 「音楽演奏などのパフォーマンスがどのように構築されているのか、演奏家の身体運動や心拍数を実際に計測するなどし、データに基づいて考察する学問です。英語ではパフォーマンス・サイエンスと言い、音楽だけでなく演劇、ダンス、あるいはスポーツなどパフォーマンスと呼ばれるもの全般が対象になります。英ロンドンの王立音楽大学で2000年に研究センターがつくられ、心理学や教育学、音楽学などさまざまな分野の研究者が参加しています」

 「私は『生演奏』を研究テーマの一つにしています。これまでは観客がいると人前で演奏することへの不安から、演奏家の表現力が下がるととらえる研究が多かった。ただ、観客がいることで良くなることもあります。それを証明したいと考えています」

 -これまでに、どんなことが分かってきたのですか。

 「シューマン作曲の『トロイメライ』をクラシックの演奏家13人に、観客がある、なしの二つの状況で演奏してもらい、それぞれ一拍一拍の音の長さを計測して分析し、比較する研究をしました。観客なしの演奏は個性的というか、淡々と奏でる人もいれば、表現を誇張する人もいた。これに対して観客ありでは平均的な演奏になった。曲の解釈をしっかり伝えようという意識がそうさせるのかも。ポップスはまた違うかもしれませんが」

 「一方、観客についての研究では、生演奏と録音の印象をアンケート形式で聞いてみると、生演奏の方が『良かった』『感動した』という評価が高いことがはっきり示された。統計的にも演奏家が込めた思い、具体的に言うと『楽しくて穏やかな曲』といった解釈は、生演奏の方がはっきり伝わっていることが分かっています」

 -同じ作品でも映像と生のステージでは、観客の得られるものが違う。それはなぜでしょうか。

 「観客の心拍の変化に注目して、生演奏、録音、映像のそれぞれで、演奏家が曲に込めた解釈の伝達度がどのように異なるのかを調べてみると、生演奏の伝達度が高いことが示された一方、録音と映像ではほとんど差がなかった。私は視覚的情報の有無ではなく、同じ空間にいる、同じ時間を過ごしているという状況が大きく作用しているのでは、と考えています。2012年ごろからそういうデータを取っていますが、どれを見ても同じような感じですね」

 「つまり、生演奏というのは演奏する者と鑑賞する者が空間を共有し、時間を共有することだと定義できます。同じ空気を吸うっていう経験がすごく大事だと思うんです。最近は高音質のハイレゾ音源ですごくいい音が聴けて、それを楽しむ人がいます。その一方で、コロナ禍の前まではライブに足を運ぶ人も増えていました。生の経験を求める人は一定数います。ネットを使ったオンラインの演奏会では、時間は共有されても空間は共有されていません。そんな状況で、どうすれば生演奏と同じだけの効果を引き出せるのか。そこが課題だと思っています」

 -ところで、正田先生のそもそもの専門は心理学と伺いました。

 「人と人のコミュニケーションは言語情報のほかに、表情やしぐさ、声の調子といった非言語情報の複雑なインタラクション(相互作用)によって成り立っています。音楽は、言語とはまた違ったコミュニケーションの一形態ですが、演奏家が音楽表現で何かを伝える枠組みは、誰かが話し、それを誰かが受け取る構図に似ていると考えています」

 「しかしオンラインだと、情報量が少なくなりますよね。この1年間、大学のゼミでは春からの前期をビデオ会議アプリの『Zoom(ズーム)』で行い、秋からは研究室での対面指導も取り入れ、一部の学生がオンラインで参加する形式で開いてきました。やはりオンラインでは雑談が減ったように思います。対面だと、こちらも気軽に『これ、どうなん』とか話を振れるんですが…。対面とオンラインを交えてみると、研究室では楽しげに笑っているのに、ネットの向こうの学生には伝わっていない。これも空間の共有に関する問題ですね」

 -ぎくしゃくした感じはまだ続くのでしょうか。

 「私の場合、講義は生配信ではなく事前に収録していますので、それなりに凝った内容に作り込んでいます。学生は何度も見返すことができるせいか、再生回数が履修者数の約3倍になることもあります。当然のことながら、ズームは嫌だという学生もいれば、家で受講できて気楽という学生もいます」

 「オンラインの良さはもちろんあります。高音質で、相手の顔がはっきり見えて、ほとんどリアルタイムで動きが伝わるというのはすごい技術ですし、地球の裏側で行われている出来事を生配信で見ることができるのは、新しい価値だと思います。演奏科学の話に戻れば、生演奏に触れることの価値が下がることはないでしょう。むしろオンライン配信の質が上がることで価値が高まり、生演奏もオンラインも、ともに表現力が高まればいいなと思っています」

 -今後はどのような研究を?

 「コロナ禍で、観客が演奏家にどういう影響を及ぼすのかを知りたいと思うようになりました。時々刻々と変化する表現に鑑賞者がどう反応し、それを演奏家がどう受け取るのか、あるいはほとんど受け取らないのか。オンラインであっても演奏家に観客の反応が感じられるような、そんな試みがあったら面白いなと思っています」

【しょうだ・はるか】1985年生まれ、大阪府茨木市出身。2013年北海道大大学院博士課程修了。英国王立音楽大学などで学び、18年10月から現職。趣味のピアノは「最近はあまり弾いていません」。

<ひとこと>「私たちは、まだ慣れていないんでしょうね、オンラインのコミュニケーションに」。正田さんのつぶやきが印象に残った。いつかコロナ禍から抜け出せた時、コミュニケーションの形はどう変わっているだろうか。

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