取り調べで方言はもろ刃の剣-。そんな研究結果を岡山理科大教育学部の札埜(ふだの)和男准教授(58)がまとめた。関西弁など方言は、捜査側が容疑者らと人間関係を築き真実を引き出せる一方、うその自白をしてしまう心理を生む恐れもあると指摘。札埜さんは「方言と冤罪(えんざい)の関係性を解き明かしたい」と話している。(堀内達成)
「あんたが憎いわけじゃないんやで。反省してもらって、この事実について知りたいんや。ほんまはどうなんや」
論文に登場する警察官は、関西出身で地元警察に勤務。相手が半落ち(一部だけ自供している状態)から完落ち(完全な自供)になりそうな時、「相手の心に入っていくような話し方を意識する」と明かしている。
法言語学などが専門の札埜さんは、大阪府交野市出身で元高校の国語科教諭。現在も兵庫県西宮市の仁川学院高校などで模擬裁判を教えている。
この論文は、3年ほど前から警察官や元検察官、弁護士、冤罪被害者ら十数人にインタビューしてまとめた。昨年12月に発行した「実践方言学講座第3巻 人間を支える方言」(くろしお出版)に盛り込まれている。
元検察官は取り調べで方言を相手が話し始めると「しめた!」と思ったという。調書に方言が出てくると自発的に話していることが担保できるからだ。
一方、1992年に福岡県飯塚市で女児2人が誘拐、殺害された事件の再審請求などに携わってきた徳田靖之弁護士の見方は違う。
取調官が方言を使うことに対し、「容疑者らに『自分のことを思ってくれている』という錯覚を与える」とし、「やっていないことを認めて『まあいいか』と思ってしまう」と警鐘を鳴らす。
容疑者の立場からはどうか。コンビニから現金を盗んだとして強盗容疑で逮捕され、無罪判決を受けた男性は「関西弁の迫力はすごい」と振り返る。否認すると「何が否認じゃ!」「お前、警察なめとったら、とことん苦しめたるからな」と迫られたという。
取り調べの可視化は司法の重要な課題で研究も進んでいるが、方言に焦点を当てた論考は珍しい。札埜さんは「新しい分野を切り開いていきたい」としている。
■甲山事件が研究のきっかけ 冤罪の山田さん「親しくなると関西弁に」
岡山理科大の札埜和男准教授が、今回の研究を進める一つのきっかけは、西宮市で起こった「甲山事件」の冤罪被害者、山田悦子さんとの会話だった。
同事件は1974年、同市の知的障害児施設「甲山学園」で園児2人が浄化槽から水死体で見つかり、元保育士の山田さんが逮捕された。21年間にわたる裁判の末、山田さんは無罪となった。
冤罪と方言の関係性について考えていた札埜さんは3年前、以前から交流があった山田さんに電話で意見を求めた。
「取り調べの言葉は、最初は『よそ行き』。親しくなると関西弁になっていった。それはやがて、追い詰める暴力的な言葉になっていく」。うその「自白」調書を作られた経験からの言葉だった。
納得した札埜さんは、研究に力を入れる意志を固めた。