神戸市営地下鉄海岸線の駒ケ林駅で下車して六間道(ろっけんみち)商店街を東へ。アーケードを抜けると、「はっぴーの家ろっけん」(神戸市長田区二葉町)がある。看板を掲げず広告も打たない。にもかかわらず、この多世代型介護付きシェアハウスには福祉や介護、街づくり関係者の視察が絶えない。新型コロナウイルス流行前は、週に200人以上の来客があった。ちょっと風変わりなこの家の主、首藤義敬さん(35)が発する「遠くのシンセキより近くのタニン」「日常の登場人物を増やす」「違和感は三つ以上重なると、どうでもよくなる」といったメッセージに引かれ、居心地の良さから、ここで働き始める人もいる。この場所の何が人を呼び寄せ、心地よくさせるのだろう。首藤さんに聞いた。(竹内 章)
-全国の介護施設や老人ホームから選ばれる「介護施設アワード」で昨年、はっぴーの家ろっけんは1位でした。
「僕は福祉や介護の専門家ではありません。このシェアハウスをつくったのは地域のためというより自分たちのためでした。結婚後、地元に戻って空き家再生をしながら、子育てと祖父母の世話というダブルケアの大変さを味わいました。一方で、大家族ならではのありがたさも実感しました。仕事も育児も介護も諦めたくない。ならば、皆で助け合って暮らす昔の長屋のような場所をつくろう。それが出発点になりました」
「阪神・淡路大震災の時、僕は小学生でした。10代の頃は、再開発が進むと地元に人もにぎわいも戻ると信じていましたが、そうはならず、ハコを作るだけが街づくりじゃないと知りました。その思いがあったから、はっぴーの家を計画した時、『どんな場所ができるといいですか?』と街の人に問い続けました。商店街のコミュニティースペースを借りて、近所の主婦、学生、子どもたちにワークショップに参加してもらい、意見に耳を傾けました。街の人が『ここ、面白いね』『関わりたいなあ』と思える場所にしたかったんです。100人以上にヒアリングした声はきちんとまとめて集計し、報告しました。98%は反映していると思います」
-コロナ禍前は週に200人が立ち寄っていたと聞き、驚きました。
「子ども連れの母親、学校帰りの小学生、SNSや口コミがきっかけで立ち寄った若者や外国人、近所の方やその知り合い…、いろいろです。入所者のおじいちゃんが赤ちゃんをあやしたり、小学生がおばあちゃんの食事介助の手伝いをしたり。開設前に地域としっかりした関係を築いていたことが大きいと思います。視察に来た方に『不特定多数の人が来て不安はありませんか?』とご心配いただくのですが、やって来るのは特定多数ですから、大丈夫です」
-施設というより、つい足しげく通ってしまうなじみの店みたいです。
「看板のない小さな焼き鳥屋さんがあって、あなたは常連さんという設定で考えてみてください。連れて行く人は、誰でもいいわけではありませんよね。そもそも焼き鳥が嫌いな人、店主と相性が悪そうな人は、はなから避けます。それと同じで、ここを大事に思っている人が同じように大切に思ってくれそうな人を連れてくるのだと思います」
「幸いなことに、これまでインフルエンザの感染などの問題も起きていません。新型コロナの影響が出始めた際、僕たちから来訪の制限をあえてアナウンスしませんでした。訪れる人たちを信頼しているからです。もちろん、緊急事態宣言の発令中は遊びに来る人はいません」
-文字通り「遠くの親戚より近くの他人」ですね。さまざまな人が集まることで何が生まれましたか。
「運営する上で、その人に関わる日常の登場人物を増やすことを考えています。高齢者の幸せを考えたとき、今の仕組みでできることは限界があります。ならば高齢者だけにスポットを当てるのではなく、その人に関わる人を増やすことで居心地の良い空間をつくることができれば、生活の質が上がると思います」
「気難しい性格の人は、普通に考えたらここはベストな場所ではありません。でも、そんな人もなぜか、子どもたちと笑顔で一緒にいます。こちらが頼んだわけでもないのに、話しかけて何かを伝えようとしている。関わる人の数を増やすことで、プラスの変化が生まれたのだと思います。僕たちも学びを得ることができる。うちの娘が、言葉を発すことができない入居者さんとコミュニケーションができているので、不思議に思ってこつを聞くと、『赤ちゃんと(接する時と)一緒』と。これって、相手から得る気づきや学びですよね」
-いろんな人が寄りつき、そこから多様性も生まれた、と?
「多様性が重要なのは分かります。でも、単に子どもと高齢者と外国人が参加するイベントをすれば多様性、ということではないですよね。性別、年齢、国籍が違っても、同じ目的で集まっていれば、それは単一です」
「僕は『違和感は三つ以上重なるとどうでもよくなる』と考えています。集団の中に一つだけ違和感があると排除しようとするけど、三つもあればもう多様性として認めるしかない、と。無理にお互いを理解しなくていいし、同じ場所で別々のことをやっていてもいい。ここではアートのイベントも開いていますが、日本語を話せない外国人アーティストと認知症のおじいちゃんおばあちゃんが一緒にパンフレットを作ったりしている。言葉はよう分からんけど、相手の気持ちを察することが自然にできて、気にならない。それが多様性だと思います」
-コロナ禍で、以前のように大勢の人が集まることは難しくなりました。打開策はありますか。
「地域の空き家の再生事業として、はっぴーの家の離れを計画中です。1階には1人暮らしが不安な高齢者、2階には若者に住んでもらう。軒先を駄菓子屋さんにすれば子どもも集まってきます。ネットを活用した学びの場も始めました。『正解ではないけれど、こんなライフスタイルがあってもいいんじゃないの』と問うことを心がけています」
-はっぴーの家を中心に、地域が変わっていきそうです。
「以前は子どもがいなかったのに、今はベビーラッシュが起きています。『ここで子育てをしたい』『おじいちゃん、おばあちゃんにここで暮らしてほしい』と引っ越してくる人がいる。自分の街は自分でつくる、そんな場所になってきましたね」
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【しゅとう・よしひろ】1985年神戸市長田区生まれ。2008年に遊休不動産や地元を中心とした空き家再生事業を創業し、12年に法人化。17年に多世代型介護付きシェアハウス「はっぴーの家ろっけん」を開設。将棋、サウナ、コーヒーを愛する2児の父。
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<データ>コロナ禍という状況を楽しんでいるようにも見える。「zoomで多世代をつなぐと、結構面白いですよ」と屈託がない。死生観イベント、子ども向け探求授業…。矢継ぎ早の行動力も人を魅了している。