アパルトヘイト(人種隔離)から自由を勝ち取った南アフリカ(南ア)の民衆を活写した写真集「闘争の時代 ドキュメント南アフリカ1992-1994」を、兵庫県明石市の写真家、前田春人さん(57)が出版した。全人種による初の総選挙が行われ、抑圧から解放される喜びだけでなく、テロによって日常を奪われた人々の悲しみもモノクロフィルムに収めた。
南アでは第2次世界大戦後、白人支配層による徹底した黒人弾圧が行われたが、国内外からの非難が強まったことから1994年に総選挙が行われ、黒人のマンデラ大統領が誕生した。その前後に撮影した約240枚を収録した。
前田さんは神戸市出身。幼少期、神戸港に停泊する外国船を父と眺めて以来「世界を見たい」という思いにとりつかれた。弓削(ゆげ)商船高専(愛媛県)を経て陸上自衛隊に入った後、報道写真家樋口健二さんの作品に触れて写真家を目指し、樋口さんに師事した。
ヨハネスブルグ市街地や郊外の黒人居住区を拠点に撮影した。当時、アパルトヘイト維持や総選挙反対派がたびたびテロを起こし、治安は悪化。貧富の差も激しく、強盗など、生活圏内で銃声が鳴り響くことも日常茶飯事だったという。
写真集では、平和運動に気勢を上げる若者や、自宅で平穏な日常生活を営む家族の姿を掲載する一方で、強盗に襲われ血まみれでたたずむ男性や、テロで亡くなった娘のひつぎを運ぶ男性の姿も伝える。
南アを題材とした写真集は、静かな集落の日常をとらえた「Quiet Life」(2002年)に続き2冊目。「闘争の-」のような政治的メッセージが強い作品は売れないと、いったんは出版を諦めていたが、19年、ラグビーワールドカップでの南ア優勝を機にあらためて出版社へ提案したところ、発売が決まったという。「当時の熱気と人々の輝きを残したい」という熱意が結実した本作は、人々が大きな犠牲を払って自由を獲得した過程を静かに伝える。
「当時、選挙で国が変わる様子を目の当たりにして、すべての人が平等に投票できる選挙制度の大切さを思い知った」という前田さん。「希望が持てる国を作り上げた人々の喜びを感じ取ることは、時代を経た今の私たちにとっても大切ではないか」と訴える。
未来社刊、4180円。(井原尚基)
