神戸市灘区の市立王子動物園が21日、開園70周年を迎えた。国際都市・神戸の公立動物園として海外交流を進め、阪神・淡路大震災後は国内3例目となるパンダを誘致。復興に向けて立ち上がる市民を勇気づけた。昨年は新型コロナウイルス禍で臨時休園を強いられ、運営環境は大きく変化。今後は王子公園一帯の再整備計画に伴い、文教地区、都市型動物園としての新しいあり方を模索していく。(井上太郎)
開園は1951年。遊園地を含む約8ヘクタールの敷地はもともと、前年にあった「日本貿易産業博覧会」(通称・神戸博)の会場の一つだった。
一帯はかつて関西学院のキャンパスがあり「原田の森」と呼ばれた文教地区。神戸博の跡地には当初、スポーツセンターに加え図書館や美術館を建てる計画があったが、「子どもたちに夢と希望を」と、動物園の建設が浮上した。
「諏訪山動物園」を移転拡張する形で実現。神戸博で展示されたインドゾウ「摩耶子」と「諏訪子」が引っ越しの道中に逃走して世間を騒がせ、開園初日はゾウ目当ての観衆ら推定10万人以上でごった返した。
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米シアトルを皮切りに、市の姉妹都市協定を生かして海外との動物交換を積極的に進めた。76年には中国の天津市に新設された動物園にキリンを贈呈した。
その直後、24万人以上の死者を出す「唐山地震」が発生。訪中していた王子動物園の園長らが「行方不明」と報じられる一幕もあったが実際は無事で、翌年、被災地に復旧用のマイクロバスを贈るなど支援を尽くした。
こうして中国との関係が深まり、85年、キンシコウが王子にやってくる。ジャイアントパンダとともに中国の「第一級保護動物」に指定された「国外不出」のサルだ。93年には、中国国外では世界初となる赤ちゃんが誕生した。
当時副園長として繰り返し訪中し、長期の借り受け交渉をまとめた元園長の権藤眞禎(まさよし)さん(83)=神戸市須磨区=は「出産が近づくと毎朝寝室をのぞいて、どきどきしていました」と、その興奮が忘れられない。
阪神・淡路大震災後はラブコールが実り、2000年にジャイアントパンダのペアが来日。メスの「タンタン(旦旦)」は2度の契約延長をへて昨年7月に貸与期限が切れたが、コロナ禍で帰国のめどが立たず、神戸で21回目の春を迎える。
来場者は、パンダフィーバーに沸いた00年度が最多の199万人。近年は100万人前後で推移し、東京の上野動物園、名古屋の東山動植物園、大阪の天王寺動物園、北海道の旭山動物園に次ぐ集客力を誇るが、コロナ禍で春に臨時休園を強いられた20年度は半減する見通しだ。
「単純に収益を突き詰めた場合、民間に比べて破格の入場料(大人600円、中学生以下無料)を値上げしないといけない」とは、上山裕之園長。一方、園児や小学生の団体利用が多い現状を踏まえ、「収益重視のやり方で教育の側面を維持できるのか。そこをしっかり意識したい」と話す。
今年1月、神戸市は王子公園の再整備方針を明らかにした。大学を誘致し、動物園も同じ規模でリニューアルを検討するという。
「これからはますます動物福祉の向上、種の保存研究が求められるでしょう」と権藤さん。かつて、動物の生息環境に近づける「サバンナゾーン」の新設など、大規模改修計画が阪神・淡路大震災の影響で幻に終わったといい、将来像に期待を寄せる。
段階的に改修を進めるため、リニューアルには少なくとも5~10年はかかる見通しだ。上山園長は「動物のコレクションプラン(収集計画)を新たに立て、具体的な形を決めていきたい」と話す。
