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旧龍野藩士の子孫宅にあった秀吉の書状。保存状態が良く、当時の折り畳み方まで分かる=たつの市龍野町上霞城
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旧龍野藩士の子孫宅にあった秀吉の書状。保存状態が良く、当時の折り畳み方まで分かる=たつの市龍野町上霞城

 兵庫県たつの市立龍野歴史文化資料館(同市龍野町)は6日、旧龍野藩士の子孫宅にあった史料から、豊臣(羽柴)秀吉の書状2通を発見したと発表した。秀吉の配下に入った武士に現在の神戸市東灘区の領地を与えると記した内容で、同館の新宮義哲(よしのり)館長は「天下人となる秀吉が実施した恩賞や太閤検地の様子が分かり、貴重」としている。(直江 純)

 同館によると、2通は垣屋孫市という人物に宛てた1583(天正11)年8月の「領知宛行(あてがい)状」と、94(文禄3)年10月の「朱印状」で、それぞれ(摂津国)菟原(うばら)郡の「森村」「本庄」に200石を与える-とする内容。前者は賤ケ岳の戦いで秀吉が柴田勝家に勝利した直後に記され、後者は摂津国で太閤検地が行われた時期と一致するという。

 垣屋氏は戦国時代、但馬の守護大名・山名氏に仕え、江戸時代は龍野藩の上級家臣だった。同館は2018年、垣屋氏が姻戚関係となった龍野藩士・村田家の子孫から、自宅に残っていた史料約4千点の寄贈を受けて分析。2通は古文書を納めたボストンバッグの中から見つかった。

 担当した姫路大学元特任教授の竹本敬市さん=兵庫県佐用町=は「秀吉の物が含まれているとは。見つけた時は驚いた」。詳しく調べた県立歴史博物館の前田徹学芸員によると、文禄の書状は当時、秀吉とおいの秀次しか使えなかった特別な和紙「大高檀紙(おおたかだんし)」で、保存状態も良好という。

 2通は関連資料とともに24日から、龍野歴史文化資料館で公開される。6月6日まで。原則月曜休館。同館TEL0791・63・0907

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