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帰郷後は里山歩きを楽しんだ河合雅雄さん=2007年8月、丹波篠山市野尻
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帰郷後は里山歩きを楽しんだ河合雅雄さん=2007年8月、丹波篠山市野尻
少年の頃の憧れだったオオムラサキの標本を前に、人と自然の関係について語る河合雅雄さん=2019年6月、丹波篠山市内
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少年の頃の憧れだったオオムラサキの標本を前に、人と自然の関係について語る河合雅雄さん=2019年6月、丹波篠山市内

 霊長類学者の河合雅雄さんは14日、故郷の兵庫県丹波篠山市の土に戻るように世を去った。「サル学」に始まった研究は、人間そのものと、自然との共生も問うた。少年時代も晩年も丹波の里山を歩き、多くの人の心に信念を印象づけた。

 同市は新型コロナウイルス感染の収束を待って、「お別れの会」などを計画する。関係者によると、亡くなる前日の13日は妻の良子さんと近所のホームセンターに出掛けるほど元気だった。14日朝、自宅で目覚めた後、「もう少し寝るわ」と再び眠り、約1時間後に家族が息を引き取っていることに気付いたという。

 京大霊長類研究所の所長などを退き、帰郷したのは2002年。以降、地元の人らと自然再生に取り組んだ。「篠山自然の会」会長の樋口清一さん(84)は、兵庫県立ささやまの森公園(丹波篠山市)の立ち上げを持ちかけられ、付き合いが深まった。数カ月に一度は、山菜などを手土産に訪ねた。2月、珍しく河合さんから手を差し出され、不思議に思いながら握手をした。玄関まで見送りに来てくれた3月ごろが最後の姿。樋口さんは「残念だが、いつかこの日がくるとは覚悟していた」と声を落とした。

 河合さんが発起人となって11年に発足し、国蝶(こくちょう)オオムラサキの生息地の保全などに取り組む「兵庫丹波オオムラサキの会」会長の足立隆昭さん(82)も、河合さんに「山遊びを手伝ってくれないか」と誘われた。

 1996年、県立丹波の森公苑(丹波市柏原町)のオープンで、当初はケヤキが植栽される方針だったが、オオムラサキなどの幼虫が育つエノキを植えようと唱えたのが河合さんだった。「植物だけではなく、昆虫や動物も一体なのが森だと言っておられた」。ユーモアにあふれ、近年は歩行補助車を使用し、「僕のロールスロイスなんだよ」とちゃめっ気たっぷりに笑いを誘ったこともあった。

 原点は少年時代にある。河合さんの小学生時代を描いたのが2002年公開の映画「森の学校」。丹波篠山市で撮影された。監督の西垣吉春さん(74)も同市出身。河合さんの著書で原作の自伝的小説「少年動物誌」を読み、「故郷の風景が胸に浮かんだ。子どもの生活に自然を取り戻したいとの言葉に心を打たれた。試写の後『自然の違う姿が見えてきた』と話していただき、うれしかった」。

 昨年末から県内外で再上映され、「2月に上映を報告したが、それがお別れになった」と振り返る。同市は追悼上映会も検討する。

 また、県立人と自然の博物館(三田市)では2代目館長に就任。ボルネオ島で開かれた体験スクールを主導した。現館長の中瀬勲さんは「現場での環境教育、国際交流を通じて多くの若者を育てられた」と感謝のコメントを寄せた。(綱嶋葉名、藤森恵一郎、堀井正純、津谷治英)

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