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事件発生直後、現場周辺を調べる捜査員ら=2010年10月5日未明、神戸市北区筑紫が丘4
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事件発生直後、現場周辺を調べる捜査員ら=2010年10月5日未明、神戸市北区筑紫が丘4
家族の手元に残る堤将太さんのスナップ写真
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家族の手元に残る堤将太さんのスナップ写真
堤将太さんを刺した男が、事件直前に座っていたとされる車止めの支柱。約10メートル離れた自動販売機のそばに堤さんと女子生徒が座っていた=2010年10月6日、神戸市北区筑紫が丘4
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堤将太さんを刺した男が、事件直前に座っていたとされる車止めの支柱。約10メートル離れた自動販売機のそばに堤さんと女子生徒が座っていた=2010年10月6日、神戸市北区筑紫が丘4
堤将太さんを刺した男の似顔絵。2012年12月に捜査本部が公開した
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堤将太さんを刺した男の似顔絵。2012年12月に捜査本部が公開した
事件発生10年に合わせ、神戸電鉄谷上駅前で情報提供を呼び掛ける堤将太さんの父、敏さん=2020年10月4日、神戸市北区谷上東町1
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事件発生10年に合わせ、神戸電鉄谷上駅前で情報提供を呼び掛ける堤将太さんの父、敏さん=2020年10月4日、神戸市北区谷上東町1

 神戸市北区の路上で2010年10月、高校2年生だった堤将太さんが刺殺された事件で、当時現場近くに住んでいたとされる男(28)=愛知県豊山町=が殺人容疑で逮捕されてから、11日で1週間となる。兵庫県警神戸北署捜査本部は、発生直後から「容疑者は周辺に住んでいる」とみて捜査。その見立て通りの男を逮捕したわけだが、それならばなぜ、10年10カ月もの歳月がかかったのか。捜査関係者らへの取材メモなどから、その経緯を改めて振り返る。

 「率直に言って『まさか』って思うたわ。10年以上、たっとったからなあ」

 堤さんの130回目の月命日に当たる2021年8月4日。容疑者の逮捕を知り、事件発生時を知る捜査1課OBがつぶやいた。

 安堵(あんど)感をかみしめるように、一言一言を継いでいく。「まあ難しいけれど、ひょっとしたらとは考えとったけどな」。笑みも漏れるが、どことなく自嘲気味だ。

 未解決の事件は、時がたてばたつほど、初動捜査へと批判の矛先が収束していくことが多い。このOBも10年余り、身を持って感じていたという。「何とか逮捕にこぎ着けたとはいえ、そりゃあ思うところはあるよ。『あの時こうしておけば、もっと早く逮捕できたんちゃうか』とか。刑事って、そういうもんやろう」

■「すぐに終わる」■ 

 事件は2010年10月4日夜、神戸市北区筑紫が丘4の路上で起きた。取材メモは発生直後、ある捜査員の見立てから始まる。「住宅街の自販機の前やろう? そんなとこに通り魔が現れるかね。流しやなくて、怨恨(えんこん)ちゃうん。(堤さんが)いると分かってて現れたとか」

 堤さんを刺した男は逃走しており、兵庫県警捜査1課は翌5日、神戸北署に捜査本部を設置。幹部らは表向き、「あらゆる可能性を考慮して捜査する」と予断を排す姿勢を強調した。

 だが、メモを見る限り、幹部らを含めた捜査員の本音は違う。

 複数の関係者から事情を聴く中で、捜査本部が不審な点を見いだしていたからだ。「すぐに終わる(解決する)と思いますわ。裏付けしていけば、じきにね」。発生から間もないタイミングでの、ある捜査員のコメントだ。

■「怨恨」の見立て■ 

 一般的に、殺人事件の捜査は、犯人と被害者に面識があったかどうかの判断が重要になってくる。

 面識があれば、金銭トラブルや男女関係のもつれといった「怨恨」の線。犯人が一方的に被害者を知っているケースもある。面識がなければ、通り魔のように無差別的な「流し」。

 初動捜査では、これら全方位を見渡し、目撃情報や物証などから、徐々に方向性を絞り込んでいく。

 堤さんが襲われた事件で県警は、捜査本部の設置に合わせ、周辺の警察署に不審者の洗い出しを指示した。その日のうちに男の似顔絵も作成し、県内全域をカバーする機動捜査隊員らに配っている。

 このように、捜査本部が「流し」の線を完全に切り捨てていたわけではない。しかし、現場の状況が、捜査員らの目を「怨恨」に向かわせた。

 堤さんは、当時中学3年の女子生徒と一緒にいた。襲った男は、1対2の数的不利な状況で女子生徒ではなく、堤さんを集中的に刺している。さらに、事件現場は、集客施設や公園など多くの人が集まる場所ではない、住宅街の一角にある少年らのたまり場だった。

 事件直前の男の行動も不可解だった。10メートルほど離れた車止めの支柱にしばらく腰掛けており、その姿を堤さんと女子生徒も目撃している。出会い頭に、突然襲いかかったわけではなかった。

 捜査関係者によると、支柱に腰掛けて2人を見つめる男に対し、女子生徒は「気持ち悪いね」と漏らし、堤さんは「ほんまやな」と応じたとされる。事件後、女子生徒は捜査本部の聞き取りに「知らない男だった」と説明したという。

■迫られた方向転換■ 

 捜査本部は、男が堤さんや、その周辺への恨みを募らせていた疑いがあるとの見立てで、集中的に捜査を進めた。発生翌日の5日の取材メモには「現場周辺で聞き込みをする捜査員の姿が限定的」「(現場保存のための)規制線が早朝の段階で取り払われた」との記述がある。

 だが、捜査本部が、「怪しい」と感じた関係者らの説明について確認を進めたところ、整合性がとれていることが判明する。早期解決のもくろみは崩れ、捜査本部は仕切り直しを迫られる。

 その経緯に触れた県警幹部のコメントが取材メモに残る。

 「発生から数日間は、関係者証言の矛盾を突くことにやっきになっていました。証言が正しいと分かって、ようやく『正攻法』の捜査に変わり、全ての可能性を考えていくことになったみたいですよ」

 ある捜査員も「捜査1課の応援部隊が捜査本部に加わったのは、発生直後じゃなく、2~3日ぐらいたってからだったね」と明かしている。

 この方向転換によって、住宅街での聞き込み捜査が本格化した。

■乏しい目撃情報■ 

 事件発生後、神戸新聞による現場取材でも、さまざまな「不審人物」の名前が挙がっていた。M、K、I、A、N、T、Sなど、取材メモに残るイニシャルだけでも相当数に上る。

 バスの車内でのトラブルやバイクの窃盗、暴走族グループの関与など、堤さんと無関係な情報も事件と結びつけられ、うわさが広がった。その大半は捜査本部も把握し、一つ一つ確認していったが、事件との関連をうかがわせるものは出てこない。現場に残されていた吸い殻、飲食店のレシートなどを調べても、男につながる手掛かりは得られなかった。

 「『粛々と』という言葉は好きやないけど、そんな感じやな。前には進んどるんやけどな」「地道にいくしかないな、地道に」

 捜査幹部の口が如実に重くなっていく様子が、取材メモの文面からうかがえる。

 目撃情報も乏しかった。襲われた直後の堤さんを見た人はいても、走り去った男の姿は、ようとして知れない。周辺一帯は、一戸建て住宅が広がっている。今では当たり前のように取り付けられている防犯カメラも、当時はまだ少なかった。

 ある捜査員の言葉が、状況を端的に表現している。「男の後ろ足(事件後の足取りを示す情報)がないんや。こつぜんと消えてる」

 男が車やバイクを使用して逃走した形跡が確認されなかったことから、捜査本部は「遠くに逃げてはおらず、現場周辺に住んでいる」との見方を強める。これを裏付けるような最重要の物証が見つかったのは、事件発生から6日後だった。

■凶器発見■   

 10月10日午前、事件現場から南西約100メートルの住宅街。近くに住む男性が、たまった落ち葉を取り除くため、道路脇の側溝をのぞきこんでいた。ふたを持ち上げると、小型のナイフが落ちている。

 刃渡り約10センチ、全長約20センチで、片刃の調理用。男性は、事件との関連を疑い、捜査本部に通報した。見て取れる血痕はなかったが、県警科学捜査研究所の鑑定で微量の血液が検出され、堤さんのDNA型と一致した。

 捜査本部は、男が使用した凶器と断定。ナイフが見つかった側溝は、発生翌日に「捜索済み」とされていた。見落としの可能性について指摘された幹部は「捜査本部としては、捜索以降に何者かが捨てたとみている」と説明した。

 捜査本部は、販路の捜査に取りかかり、同型のナイフが近くの量販店で売られていたことを突き止める。同時に、ナイフの詳細な鑑定も進めた。

 捜査関係者によると、女子生徒の記憶はあいまいながら、「男は手袋をしていなかったと思う」と証言したという。捜査本部は、男の指紋や血液などが付着している可能性にかけたが、めぼしい結果は出なかった。

 捜査本部では、凶器に対する違和感も広がっていた。取材メモに、記者と捜査員とのやり取りが残る。

 -執拗(しつよう)に攻撃している割には、ナイフは小さくて、頑丈ではない。男は、なぜ凶器に選んだんでしょうかね。

 「そういう疑問は、みんな持ってる」

 -刺したら、柄のところでぐにゃって曲がったり、根元から折れたりしそうな感じがします。

 「やから、そういう疑問はみんな持ってるって」

■「消えた」怨恨の線■

 物証の重要性を再確認した捜査本部は、事件現場周辺の鑑識活動を再開する。

 10月19日、逃走経路の確認のために、再び警察犬係が出動。翌20日、男が座っていたとされる車止めの支柱で指紋を採取した。発生から既に2週間以上が経過しており、手掛かりは得られなかった。

 22日夜には、女子生徒に立ち合いを依頼して、現場で再現見分を実施した。周辺の明るさを測定する照度計を使いながら、事件当時の様子を改めて確認していった。

 ナイフなどの物証を除けば、男を特定する手掛かりは女子生徒の証言しかなかった。捜査本部は、専従の捜査員を充てて丹念な聞き取りを続けた。捜査関係者によると、関係者の聴取などで浮かんだ不審人物数人の写真を見せるなどしたが、全て「犯人ではないと思う」と答えたという。

 11月初旬、県警の幹部がこう明かしている。

 「事件発生から1カ月で、被害者周辺に対する怨恨の線はほぼ消えたみたいですね。あとは、不審者の洗い出ししかないでしょう」

 この前後から、兵庫では捜査1課の捜査本部事件が立て続いた。

 須磨署の2少年殺傷事件(10月29日)、甲子園署の建築士夫妻殺害事件(11月12日)、加西署の警備員男性殺害事件(12月9日)-。

 いずれも、翌11年1月末までに容疑者の逮捕にこぎ着け、神戸北署の捜査本部だけが取り残された。

■浮き彫りになった課題■

 捜査本部は、情報提供などで寄せられた不審者情報の確認とともに、現場周辺で地道な聞き込みを続けた。各世帯に住む一人一人に接触を試み、発生当時に、どこで何をしていたか、現場周辺で何か目撃しなかったかなどを尋ねていく。

 「思い出したことがある」と自ら申告してくる協力的な人もいたが、全ての住民が素直に応じてくれるわけではなかった。

 「ちょっと聞いただけで、苦情、苦情や。帳場(捜査本部)にもけっこう電話がかかってくるんやで。家族構成を聞いただけでも『何でそんなこと言わなあかんのですか』ってな」。捜査幹部の愚痴が、取材メモに残る。

 刑事部門での経験が長い県警OBが、捜査員の苦労を推し量る記述もあった。

 「昔はな、(交番勤務など)地域の警察官が地元をよう回ってて、距離が近かった。だから大きな事件が起きた場合、その警察官に聞けば解決、ということもあった。やけど、今はそうやない。オートロックのマンションもできたし、共働きが増えて、昼間に誰もおらん家も多いやろ。そういうところに夜に訪ねたって、対応してくれるわけないもんな」

 各交番には、各世帯の構成などを記録した「案内簿」がある。かつては、警察官が定期的に巡回して更新していたが、2000年代に入った頃から、都市部を中心に途絶えがちになっていたとこのOBは指摘している。

 「犯人を逮捕できないのは、一義的には捜査本部の責任や。でもな、広い目でみたら、県警全体の問題でもあると思うんや」

■似顔絵とズボンの公開■

 2012年12月、捜査本部は、広く情報を求める方針を決め、男の似顔絵を公開した。同時に、解決に結び付く有力情報に懸賞金(捜査特別報奨金)が支払われる警察庁指定の対象事件となる。

 発生から6年となった16年10月には、凶器と同型のナイフを現場近くの量販店で購入した客のズボンも、メーカー名を出して公表。10代後半~20代前半の男性▽身長165~175センチ▽黒と赤のチェック柄のような上着を着用-といった客の特徴も合わせて周知を図る。

 ここまで詳細な捜査情報を公にした異例の対応について、捜査幹部のコメントが取材メモに記されている。「事件当時、若者らの間ではやっていたズボンで、記憶の喚起につながると考えた。逆に言えば、これぐらいしないと情報が集まらない」

 結果として、捜査本部の執念は結実する。捜査関係者によると、容疑者の特定につながった端緒は、「ある男が『人を殺したことがある』という趣旨の話をしている」という情報提供だったという。

■家族の思い■

 「ほんまに、ほんまなんやな…」

 2021年8月4日正午ごろ、捜査本部の担当者から容疑者逮捕の連絡を受けた堤さんの父、敏さん(62)は、10年10カ月の月日をかみしめた。

 毎年、堤さんの命日になると、捜査本部と協力して情報提供を求めるビラを配った。「生きている限り、犯人を追い詰める」。被害者感情と法律との関係などを理解するため、大学の通信教育部で学び始めた。

 「一度だって、諦めたことはなかった」と振り返る敏さん。自宅のリビングは、亡き息子の笑顔の写真であふれている。

 捜査関係者によると、容疑者の男は発生当時、現場周辺に住んでいたとされるが、堤さんとは面識がなかったとみられる。捜査本部の調べに逮捕容疑を認め、女子生徒と一緒にいるのを見て腹を立てたという趣旨の話をしているというが、全容解明に向けた捜査は緒に就いたばかりだ。

 なぜ、息子が命を奪われなければならなかったのか-。

 敏さんの疑問は、解けていない。

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