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中央の石仏を囲むように無数の小さな地蔵が並ぶ「千体地蔵尊」の堂内=丹波篠山市日置
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中央の石仏を囲むように無数の小さな地蔵が並ぶ「千体地蔵尊」の堂内=丹波篠山市日置
無数の小さな地蔵が並ぶ「千体地蔵尊」の堂内=丹波篠山市日置
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無数の小さな地蔵が並ぶ「千体地蔵尊」の堂内=丹波篠山市日置
背中に奉納した施主の名が記された小さな地蔵像=丹波篠山市日置
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背中に奉納した施主の名が記された小さな地蔵像=丹波篠山市日置
お地蔵さんが“レンタル中”で、中が空っぽの「子授け地蔵」のほこら=丹波篠山市川原
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お地蔵さんが“レンタル中”で、中が空っぽの「子授け地蔵」のほこら=丹波篠山市川原
「子授け」に霊験があるとされる地蔵が山すそにずらり並ぶ「千体地蔵」=三木市志染町井上
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「子授け」に霊験があるとされる地蔵が山すそにずらり並ぶ「千体地蔵」=三木市志染町井上

 右も左もお地蔵さん! 小さな堂内を埋め尽くす、その数と密度に圧倒される。兵庫県丹波篠山市日置で守り伝えられてきた「千体地蔵尊」。民衆のさまざまな願いが凝縮された「祈りの空間」である。「珍景」などというと叱られそうだ。しかし、目を驚かせる「奇観」ではある。(堀井正純)

 お堂は高さ約2・1メートル、幅約0・9メートル、奥行き約2メートル。像高50センチほどの中央の石造りの地蔵は、徳川吉宗が江戸幕府の8代将軍に就いた享保元(1716)年秋に建立された。周囲を取り囲むのは、高さ約14~17センチの陶製の地蔵。三方の壁にある棚に何段にもずらりと並ぶ。いつごろ、これだけの数の地蔵がそろったかは不明だが、幕末には既に千体が安置されていたようだ。

 「千体仏」は全国各地に点在する。特に、京都市の蓮華王院三十三間堂に並ぶ金色(こんじき)の千手観音像1001体(国宝)が、荘厳華麗さで名高い。

 「日置のお地蔵さんは千体に少し足りないのでは」と、お堂を管理する地元の永穂(えいぼ)利和さん(73)。焼き物の小さな地蔵の背面には、奉納した近隣の村人の名前が記されているが、仏像は入れ替わりがあるようで、「私の祖父が戦前に納めた像も並んでいる」と永穂さん。

 この千体地蔵尊には「子授け地蔵」の異名もある。伝承によれば、子宝に恵まれない女性が千体地蔵へ毎日参拝。「どうか赤ん坊ができますように」と懇願すると、ある日、「1体持って帰って家で拝みなさい」とのお告げが。その通りにすると無事に懐妊・出産。女性はお礼に新たな地蔵像を作り、お堂へ納めたという。

 昔は家の跡継ぎが求められ、現代以上に子宝を祈願する女性が多かったに違いない。そんな切実な願望や感謝の念がこもった「場」でもある。立ち去る前、無数の仏さまを前に手を合わせた。

■願掛け持ち帰り、お礼に新調…

 今も昔も「不妊」に悩む夫婦は少なくない。「子安地蔵」「子授け地蔵」と呼ばれるお地蔵さんは全国各地に残っている。

 三木市志染町の大谷川沿いの山すそにある「千体地蔵」もその一つ。訪れると、無数の地蔵像の列に出迎えられる。本尊は高僧・行基が奈良時代、岩に刻んだとされる高さ1メートルほどの地蔵尊だ。市観光振興課などによると、室町時代から「子宝地蔵」として人々の信仰を集めてきたとか。

 子宝祈願をした参拝者が、地蔵像の中から1体を持ち帰って家で祈り、ご利益にあずかると、借りたお地蔵さんを返してさらに一体、新たに地蔵像を安置する。そのため、数が増えていったらしい。

 現代でもこの風習は生きている。丹波篠山市の「山本石材店」は十数年前、客の依頼で、三木市の千体地蔵へ奉納する地蔵1体を制作。昨年、その客から聞いた話では、再び参拝したとき、新たに納めたお地蔵さんは、誰かが預かっているのか、姿が見えなかったとのこと。「自分の店で手掛けた石仏が役に立つようならうれしい」と店主の山本佳宏さん(51)は顔をほころばせる。

 丹波篠山市川原にも「子授け地蔵」のほこらが現存する。本来は石地蔵1体が祭ってあるが、今年4月ごろ、数十年ぶりに姿が消え、所在不明に。“留守中”なのは、願掛けのためか、盗難か明らかでないが、住民の杉田弘治さん(84)は「願いがかなって、そのうち戻ってこられるはず」と期待している。

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