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籠坊温泉の入り口に設けられた大型看板=丹波篠山市後川新田
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籠坊温泉の入り口に設けられた大型看板=丹波篠山市後川新田
1977年ごろに撮影された籠坊温泉(丹波篠山市提供)
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1977年ごろに撮影された籠坊温泉(丹波篠山市提供)

 丹波地域で最も古い籠坊温泉(兵庫県丹波篠山市後川新田)には、平家の落ち武者伝説が息づく。伝説にまつわる独自の風習、点在する塚や薬師堂…。落ち武者伝説とともに歩んできた歴史をひもといていく。(川村岳也)

 まだ肌寒い春の彼岸の3月21日朝。山裾にある高さ50センチほどの石碑と石を積み重ねた「五輪塚」の前に、約10人が集まった。線香に火を付けると、1人が般若心経を読み始めた。

 丹波篠山市の山あいにあり、16戸に30人が暮らす籠坊地区。この小さな集落には、「多紀郡誌」(1918年発行)に「平氏の残兵ここに潜み温泉を得て疾病を治し」とあるように、平家の落ち武者伝説が残る。

 五輪塚は先祖代々、「五輪さん」として敬われ、落ち武者を弔ってきた。春の彼岸には、必ず近隣住民らが読経するのが習わしだ。

 五輪塚は、もともと集落から険しい獣道を約30分登った山頂近くにあった。しかし、住民の高齢化で彼岸の催しが困難になり、2019年に集落内に移した。

 五輪塚の石碑には「安政5年」(1858年)と刻まれている。言い伝えでは、当時は山頂近くに五輪塔があり、風水害と地震が相次いだため「平家のたたり」と恐れた民衆が石碑を建立。その後、山崩れで倒壊した塔の一部と石碑を使って塚を新調したという。

 平家を弔う住民の会「五輪会」で会長を務める藤木孝治さん(85)は「この集落と平家は切っても切れない関係。高齢化にはあらがえないが、できる限り弔い続けたい」と話す。

   ■   ■

 籠坊温泉は、平家の落ち武者が見つけたとされ、その歴史は約800年前にさかのぼる。

 「落ち武者が温泉を開いたという伝説は、籠坊のシンボル。今はボーリング工事で温泉を掘り当てることができるが、ここに古い温泉があることは誇りだ」

 民宿「湯の壺」を営む山田正洋さん(79)は強調する。籠坊で生まれ、温泉が活況だった1978年ごろに父親が始めた宿を2005年に継いだ。山田さん自身も「落ち武者伝説の真実は分からない」としつつも、毎年、五輪塚を参る。「温泉を見つけてくれて、ありがたい」との思いからだ。

 集落を貫く県道沿いには、深さ約60メートルの井戸があり、14~16度の冷泉が自噴する。泉源と五輪塚、さらに落ち武者が建てたとされる「薬師堂」は、直径100メートル以内に点在する。

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 篠山観光案内所が1988年に作ったパンフレットによると、すでに元禄時代には旅宿があり、明治時代になると3軒の旅館に、丹波杜氏らが湯治で訪れていた。20~66年には、アサヒ飲料(東京)の「三ツ矢サイダー」に使う炭酸成分を採取する工場もあった(同社社史より)。

 最盛期を迎えたのは60~80年代。阪神間からバスが何度も往復し、温泉客を運んだ。当時、親戚が旅館を経営していた山田満晴さん(77)は「年末年始には親戚総出で手伝った。ぼたん鍋とマツタケが人気だった」と振り返る。

 だが、活況は長くは続かなかった。温泉施設の全国的な増加やバブル経済の崩壊などで客足は細り、過疎化が進んだ。7軒あった温泉宿は次々廃業し、営業するのは現在2軒。空き宿1軒は今年2月、行政代執行で解体された。

 今、最寄りのコンビニに行くには車で山道を10キロ走らなければならない。不便な籠坊にやってくる温泉客は、初夏の蛍や紅葉の魅力を知る常連たち。「何もないからこそ、魅力がある」

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