医療や救急、消防の現場で使うバッグなどをオーダーメードで手がける「マルスバッグ」の細川晋（すすむ）さん（６２）＝兵庫県丹波市＝が、右手にハンディキャップのある愛孫のため、半年以上かけてランドセルを一から手作りした。専用の胸ベルトや固定具を備えた独自の形で、「孫のように必要とする人がいれば、全力で応えていきたい」としている。（秋山亮太）

　地元の小学校に入学した孫の中江咲真（さくま）君（６）は、脳性まひで小さい頃から右手が動かしづらく、手を大きく開いたり、指を細かに動かしたりする動作が難しい。腕の力も入りにくいため、リュックのようなタイプのかばんは、ずれ落ち防止のための胸ベルトを使うことが多い。

　母の美香子さん（２８）は昨年春からランドセルを探したが、咲真君に合った商品には出合えず。特に荷物を出し入れする際に開閉する「かぶせ」の固定具が右手で操作しづらいものがほとんどだった。

　学校はランドセル指定ではなかったが、「１人だけ形の違うかばんではなく、ランドセルを持たせてあげたかった」と美香子さん。相談を受けた実父の細川さんが秋からランドセル製作に取りかかった。

　かばんの町、豊岡市でかばん製造メーカーに長年勤めた細川さんは退職後、２０１３年から知人らの依頼でかばんを作り始めた。評判の広がりとともに、通勤かばんからバイク用のバッグ、ドクターヘリやドクターカーで現場に向かう医師や看護師らが使うリュックまで、手がける種類も増え、１７年に「マルスバッグ」を起業。全国の消防署、病院などで採用されている。

　現場の声に応えてきた細川さんだが、独自の製法で専用の機材が使われることも多いランドセルは「未知の領域」だった。咲真君の姉のランドセルを観察し、今ある機材で作れる型紙を設計。昨年末に試作品を作り、本人に使用感を聞きながら２度の改良を経て理想の形にたどり着いた。

　完成品は重さ８７０グラムと一般的なランドセルと比べてもかなりの軽量。細川さんは「体がまだ小さい咲真にも背負いやすいようにした」。肝心の「かぶせ」の固定具は、豊岡のかばん材料商から紹介されていたドイツ製の磁力で取り外しができるホックを採用した。付いているひもを引っ張って簡単に開けられるが、ランドセルが逆さまになったりしても開きにくい。

　胸ベルトは長年趣味にしてきたサーフィンから、板を体につなぐため脚に着ける「リーシュコード」に着想を得て、片手でも作業しやすい面ファスナーでの固定方法にした。強度を出す芯材は交換可能で、ハードな現場で使われるバッグの補修まで手がける経験も生きている。

　完成品に細川さんは「ランドセル『ふう』の自立するリュックです」と謙遜するが、満面の笑みで背負う咲真君の姿に「作ってよかった」と目尻を下げる。試作では別の固定具を使ったかばんも作るなど、パーツがあればさまざまな需要に応じられそうだという。

　マルスバッグＴＥＬ０９０・２５９５・３８８２