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新兵庫人 第6部 音魂を伝える

(1-1)スターの肖像 自分らしさ歌に託し
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「あんなに絵になるステージはなかった」。姫路城での里帰りコンサートの思い出を語る松浦亜弥さん=東京都港区東麻布1(撮影・峰大二郎)
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「あんなに絵になるステージはなかった」。姫路城での里帰りコンサートの思い出を語る松浦亜弥さん=東京都港区東麻布1(撮影・峰大二郎)

「あんなに絵になるステージはなかった」。姫路城での里帰りコンサートの思い出を語る松浦亜弥さん=東京都港区東麻布1(撮影・峰大二郎)

「あんなに絵になるステージはなかった」。姫路城での里帰りコンサートの思い出を語る松浦亜弥さん=東京都港区東麻布1(撮影・峰大二郎)

 昨年6月25日。東京でのコンサート。22歳の誕生日に贈られたケーキに、迷わず顔をうずめた。「感謝の気持ちを表したかった」。歌手の松浦亜弥(23)は、素の自分を目いっぱい表現した。

 兵庫県姫路市出身。「あやや」の愛称で親しまれる。2000年、アイドルグループ「モーニング娘。」の妹を選ぶオーディションを突破。翌年、14歳で歌手デビューした。02年から毎年コンサートで全国を巡るが、今月5日から始まった今年のツアーは、ヒット曲や思い出深い曲をそろえた。

 「来年で10年目。今までの歩みを振り返り、新しいスタートを切りたい」

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 幼いころ、ローラースケートを履いて歌う人気アイドルグループ「光GENJI」をテレビで見た。「あんなふうになりたいな」。少女はあこがれを募らせた。中学時代、「モーニング娘。」のCDに入っていたオーディションの申込用紙を偶然見つけたことで、夢に手を伸ばした。

 芸能界に入ると、愛らしい容姿などで人気は急上昇。「LOVE涙色」など出す曲はヒットし、トップアイドルの地位を築く。「怖いもの知らずでした」と振り返る。

 しかし、02年発売のシングル「草原の人」がそんな気持ちを吹き飛ばした。昭和の大スター美空ひばりが書き残した歌詞に、プロデューサーの「つんく♂」が曲を付けた。「歌もうまく、ファンも多いひばりさんと比べられるのが怖かった。練習すらできなかった」。録音時、つんく♂に「できない」と訴えた。

 「ひばりさんの思いを自分なりに表現したらいい」と諭され、肩の力が抜けた。発売後、ひばりファンから「ありがとう」と感謝された。多くの人に支えられていることに気付き、責任感も芽生えた。

 05年から続ける姫路をPRする「ひめじ観光大使」、厚生労働省の障害者雇用促進活動「サポーター」など公の仕事も多い。「同世代にメッセージを伝えたい」からだ。

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 06年、つんく♂の元を離れた。そして今年は、同じ所属事務所のアイドル集団「ハロー! プロジェクト」の活動からも“卒業”した。

 「これまで下積みや路上ライブも経験せず、苦労もなかった。松浦亜弥は周囲がつくってくれた存在なんです」。そんな思いから、新しいファンクラブを「AYAWAY」と名付けた。「自分らしく道をつき進む」という意味だ。

 ドラマや映画、CMと活躍の場は幅広いが、中でも「コンサートが一番自分らしくいられる場所」と言い切る。

 「幅広い世代に聞かれるメッセージ性の強い歌を、わたしらしく歌っていきたい」。音魂(おとだま)を伝える意志の強さがのぞいた。(敬称略)

2009/9/6
 

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