新兵庫人 第15部 東京を彩る
高さ634メートル。「ム・サ・シ」の語呂合わせが定着しつつある。東京の新名所が、早くも存在感を示し始めた。
2012年春に完成予定の「東京スカイツリー」は、地上デジタル放送を送信するために造られる世界一の自立式電波塔だ。高さは、ミナト神戸の「ポートタワー」約6本分、東京タワーのほぼ2倍になる。一部に兵庫製の建材をまとい、建設開始から1年余りで400メートル近くまで出来上がった。
「伸びるたびに写真を撮っているが、最近はレンズに収まり切らなくて」。わが子の成長を喜ぶように、兵庫県加古川市出身の中島健三(63)が言う。
中島はスカイツリーを設置・運営する東武鉄道(東京)の代表取締役専務として、経営企画などを担当する。関西ではなじみが薄いが、同社は線路の長さで近鉄に次ぐ民営鉄道2位。03年まで貨物列車を運行していた。ツリーはその貨物駅跡地に立つ。
5月の大型連休には、ツリーの最寄り駅の利用者が例年の3倍に増えた。「造ってる段階でこれほど注目されるなんて、うれしい誤算」と表情を緩める。
東武が新タワー建設事業に参戦したのは04年末。地元の墨田区から協力を要請されたが、すでに、上野公園など数カ所が名乗りを上げていた。当時常務だった中島は「ちょっと遅いのかな、という感じだった」と打ち明ける。それから1年以上たった06年3月、新タワーを利用するNHKなど放送各社は、東武鉄道を中心とした墨田区案に決めた。
「約1500億円の大プロジェクトだけに、社長の決断力はすごい」。人ごとのようだが、元官僚の中島にとっては素直な感想だ。
中島は加古川東高から東大法学部に進み、1969年に旧運輸省に入った。「官僚は悪の権化みたいに言われるが、仕事はきっちりやってきた」と、強烈な自負ものぞく。
02年、東武に転じた。鉄道会社の経営幹部として強く意識したのが、ブランドの力だったという。
「住みたい場所と住める場所は、これまで別だった」が、地価が下がって住む側の選択肢が広がった。「鉄道の沿線間で、競争が激しくなっている」と危機感を募らせる。
同社の鉄路は東京東部の下町を走る。「下町は伝統があるのに、新宿や渋谷がある西側に比べて元気がない。ツリーを地域再浮上のきっかけにしたい」
ツリーからは空の玄関口、羽田と成田に電車1本で行ける。浅草にも近く、観光客を呼び込んで地域もにぎわう。
「それが、東武のブランド力になる」
経営幹部の顔が引き締まった。(敬称略)
2010/6/6