2月25日早朝のことだった。末期の胆管がんで芦屋市立芦屋病院に入院していた金森英彦さん(84)=西宮市=が息を引き取る。医師の見込みより、1カ月ほど長く生きた。
「安らかで穏やかな顔でした」。後日、長女の宮本亜紀子さんが、私たちに話してくれた。
妻の克子さん(83)は隣のベッドで眠っていたという。夫の死に気付いていないようだった。克子さんは白血病のせいで、意識がもうろうとすることが多かった。亜紀子さんが「お父さん、天国に行ったんだよ」と告げても、理解できていないようだった。
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看護師が英彦さんの体をきれいにし、お気に入りのモスグリーン色のVネックのニットと紺色のブレザー、グレーのズボンを着せてくれる。
英彦さんは1月13日から44日間、克子さんと一緒に過ごした病室を出て、寝台車に乗る。亜紀子さんと次女が同乗した。
寝台車の運転手が亜紀子さんに「どこかに寄りますか?」と聞く。両親が長年通っていた芦屋市のテニスクラブと、西宮市の自宅マンションの前を通ることにする。
思い出の場所ではしばらく車を止め、窓を開けた。
その日の午後3時すぎ、亜紀子さんが病室に戻ると、英彦さんが寝ていたベッドはもうなかった。
広い部屋に、克子さんのベッドが一つ。亜紀子さんが「お父さん、いなくなったの気付いてる?」と声を掛ける。「どこかに行ったの?」と克子さん。「死んじゃったんだよ」「え!死んだの!」
それから克子さんは「あー、あー」と声を上げて、涙を流した。
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英彦さんの通夜は2月26日、葬儀・告別式は27日に執り行われた。最期のお別れのとき、亜紀子さんはその顔に触れながら、「お母さんをちゃんと迎えにきてあげてね」と声を掛けたそうだ。
葬儀の翌日から、亜紀子さんは、両親が一緒に過ごした広い病室に入るのがつらくてたまらなくなる。病院に相談し、克子さんは別の病室に移ることになった。
英彦さんが亡くなってから、克子さんは「もういい」「もういいから…」と口にするようになっていた。