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近鉄バファローズのマスコットキャラクター「バッファ君」(提供)
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近鉄バファローズのマスコットキャラクター「バッファ君」(提供)
バッファ君を生んだ白川吉男さん=大阪市天王寺区玉造元町
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バッファ君を生んだ白川吉男さん=大阪市天王寺区玉造元町
新たなデザインの制作過程
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新たなデザインの制作過程
パーカー
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「10・19」をあしらったTシャツ
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「10・19」をあしらったTシャツ

 2004年の合併で球団史に幕を下ろしたプロ野球大阪近鉄バファローズ(現オリックス・バファローズ)。球団のマスコットキャラクター「バッファ君」を生み出したデザイナー白川吉男さん(68)=兵庫県川西市=が制作を再開し、往年のファンから人気を集めている。今月19日は、1988年に行われた伝説のダブルヘッダー「ロッテ-近鉄」があった日で、その特別グッズも作った。「若い人に球団の歴史を知ってもらうきっかけにもなれば」と話す白川さん。キャラクター誕生秘話や今後の展望を聞いた。(小森有喜)

 

 バッファ君は76年に誕生。その経緯は何とも意外なものだった。

 当時23歳の白川さんは、大阪のデザイン事務所で働いていた。近鉄グループを中心に担当していた縁から「近鉄沿線の子どもたち向けに、少年野球の募集ポスターのカットを描いてほしい」と頼まれ、バットを持って大きく足を上げる少年を描いた。デザイン料は8千円。「一度きりのものだから」とキャラクターに名前もつけなかった。

 数週間後、スポーツ新聞を開いた白川さんは目を丸くする。「近鉄のペットマーク決定」という記事に、その少年の絵が掲載されていた。ポスター用に、と描いたものが、知らない間に球団のマークとしても使われていた。

 その後、芸術家の故岡本太郎さんがデザインした牛のマークと共に使う形で球団はグッズ販売などを展開。本拠地が大阪ドーム(現京セラドーム大阪)に移転する直前の1996年までファンに愛されたが、白川さんが関わることはなかった。

 「ロイヤリティー契約をしていれば家…いや、蔵ぐらいは建ったかもしれませんね」と笑い飛ばす白川さん。当時、戸惑いはあったものの憤りは感じなかったという。「自分が生み出したキャラクターをみんなが愛してくれていることがうれしかった」。「バッファ君」の名は、ファンの間で愛称として広まったものだ。

 長年、「自分が作者です」と大々的に言うのが何だか気恥ずかしく、遠目でバッファ君の活躍を見守っていた。しかし還暦を迎えた頃から、後悔が募った。「自分が彼を産み落としたのに、その後のなりゆきを見守れなかった」

 思い立って当時のデザインに微修正を加えたものをブログに掲載。すると「SNSのアイコンに使いたい」「グッズがほしい」などと反響があった。近鉄本社にも赴いて許可を取り、グッズの販売を始めた。ボールを投げたり、跳び上がったり。新しいポーズを加えてバッファ君に命を吹き込んだ。

 オリジナルデザインのグッズを作れるサイト「SUZURI」では、昨年11月から販売を開始。Tシャツ、パーカー、スマートフォンカバー、ベビー用品など幅広くカラー展開も豊富だ。

 子どもの頃からの近鉄ファンの会社員男性(49)=大阪府東大阪市=はグッズを購入した1人。「もう本当に懐かしくて。これまでは中古グッズを買うしかなかったのでうれしい。引き続き白川さんを応援したい」

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■伝説のダブルヘッダー「10・19グッズ」も

 10月19日は、1988年に川崎球場で開催された伝説の一戦「ロッテ-近鉄」ダブルヘッダーの日だ。チームが死闘の末にリーグ優勝を逃した悲劇の日でもあるが、近鉄ファンは「10・19(じゅってん・いちきゅう)」と呼んで語りぐさにする。

 こうした歴史を若い人にも興味を持ってもらおうと、白川さんは「10・19グッズ」を新作。ポップなデザインも作り、ツイッターで情報発信している。

 白川さんは「遊び心を持ちながら、バッファ君の生みの親だからこそできることを続けたい」と話している。購入は「SUZURI」のサイト内で「バッファ君」と検索。

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