三田

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長く打つと手が疲れる。「気分が乗るとき」にSNSで発信する=三田市内
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長く打つと手が疲れる。「気分が乗るとき」にSNSで発信する=三田市内
「どんな人生でも楽しめるよと伝えたい」と話す溝口靖子さん=三田市内
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「どんな人生でも楽しめるよと伝えたい」と話す溝口靖子さん=三田市内
告知を受け、1人で1週間小豆島を訪れた(提供)
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告知を受け、1人で1週間小豆島を訪れた(提供)
寝たきりになる前に、とパラグライダーに挑戦(提供)
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寝たきりになる前に、とパラグライダーに挑戦(提供)
結婚式では友人らに支えられながらバージンロードを歩いた(提供)
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結婚式では友人らに支えられながらバージンロードを歩いた(提供)

 「100万分の1。告知されたときに聞いたこの病気の確率。そんなんに当たるのね~ってびっくりよね!」

 「受話器も重い。よくコケた」

 「こんなことまで考えなあかんのか。あーめんどくさ! って思うこともある。でもだからこそ、こんなことが? ってことまで特別になる」

 #(ハッシュタグ)私のミオパチーな人生

 手足の先など、体の中心から離れた部分から筋力が低下する厚生労働省指定難病「遠位型ミオパチー」。告知を受けて13年になる溝口靖子さん(33)=兵庫県三田市=が、病と向き合う自身のことを発信し始めた。当事者の気持ちを聞いてほしい。人生を楽しんでいることを伝えたい。写真投稿アプリ「インスタグラム」には、にぎやかな絵文字とともに飾らない胸の内がつづられている。(喜田美咲)

 同市出身。子どもの頃はほとんど風邪をひかなかった。小中学校ではバレーボールで汗を流し、高校時代はアルバイトに明け暮れた。子どもが好きで、短大を卒業後は保育士になった。

 「脚を痛めているの?」。学生時代、よく尋ねられた。自覚はなかったが、何かをかばうように歩いていたようだ。最初の受診では「個性でしょう」と言われた。

 保育士として勤めて3カ月。別の医療機関で再度検査を受け、病を告げられた。20歳だった。遺伝子が関係しているとされるが、明確な原因は不明。「治療法はまだない」と言われた。

 驚いた。でも、取り乱すことはなかった。インターネットで病気について調べても「こんなんほんまになんの?」と信じられない気持ちの方が強かった。しっかり者で抱え込んでしまいそうな姉たちより、「(末っ子の)私でよかった」とさえ思った。

 少しずつ自力で歩くことが難しくなり、つえを手にした。手動の車いすに乗り、5年ほど前、電動に乗り換えた。

 体の変化に合わせ、できる仕事、やりたい仕事を変えてきた。恋愛は諦めようとしたけれど、今の夫に出会い、27歳で結婚した。

 夫は子どもがほしいと言ったが、自分と子ども、2人の世話をしてもらうことを思うとためらった。「一緒に育てるよ」。友人や親からそう言われ、決心がついた。

 29歳で長男を授かった。抱きかかえることはできないけれど、膝の上のクッションに乗せ、誰かに頭を支えてもらいながら授乳した。

 現在は訪問介護や家族らのサポートを受けながら、育児を続ける。就労支援として、パソコンの入力内容の確認業務にも取り組む。

 いずれは食べることも、飲むこともできなくなる。今、左手は表裏を返せるぐらい。「右手が動くうちに」。この夏、リハビリや仕事、子育てなど、病と付き合ってきたこれまでをインスタグラムで発信することにした。

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 小豆島へ一人旅。イルカと泳ぐ。バイクの後ろに乗せてもらう。「寝たきりになるまでに」と、したいと思ったことは全部やってきた。家族や友人の応援も受け、いつかのことより「今」だけを考え続ける。時間がもったいない、と昼も夜も働いた。

 27歳まで就いていた事務の仕事では、同僚がペンをふた付きからノック式に換えてくれたり、転ぶとすぐ起こしに来てくれたりした。自由に動ければ接客の仕事を選んでいたと思う。でも、病気になって、違う興味を持つことができ、出会えた人たちがいた。

 最近、保育所で避難訓練をしてきた息子が、土砂崩れについて説明してくれた。「家の近くで起きたらママどうするの?」「車いすで逃げるよ。遅くなっちゃうから自分で逃げるんやで」。そう話すと、息子はしばらく黙って「もうこのお話したくない」と寝た。どう伝えたらよかったのか。正直な思いも書き留めた。

 「メンタルがやられたときは、枕に顔つけて枯れるまで泣く! 1人で抱え込まない↑これめっちゃ大事」

 よくポジティブだと言われる。でも、仕事が見つからず悔しかった。1人でトイレに行けなくなった時はさすがにこたえた。吹く風も腹立たしくて、そのたびに泣いて、自分と向き合った。何が嫌で悔しいかを周囲に伝えた。専門家の助言を聞いた。患者会に参加して、さまざまな病の人とつながった。

 転んで動けなくなっている時に「助けて」と言えば、誰かが手を貸してくれることが分かった。市内のバリアフリー設備を見つける街歩きを企画すると、大学生が熱心に参加してくれた。未来を託す若者に自分や病のことを知ってほしい。その思いが、発信の後押しになった。

 溝口さんは今、障害のある人が働きやすいように、当事者の視点を入れたアイテム開発に協力したいと考えている。ペンをノック式に換えるだけ。工夫一つで状況は変えられる。「幸せはちゃんとある。同じ病の人にも届いてほしい」

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